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無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
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鬼は朧夜に散り、死装束は朱に染まり(参)
2016-10-28-Fri  CATEGORY: 小説:鬼は朧夜に散り、死装束は朱に染まり
鬼は朧夜に散り、死装束は朱に染まり



それは死体なき殺人現場だった。
否、正確には殺人という言葉は適当ではない。
殺人とは、読んで字の如く人を殺したという行為を指す。ならば、殺された者が人間でないのなら、殺人という言葉は不相応な言葉だった。かといって殺された者を示す言葉で表現しようとすると、日本語として若干おかしくなるので、ひとまず殺害現場というのが無難な表現だろう。

だが、前述したように、その殺害現場には死体はない。
観測者によっては初めから何も見えないかもしれないが、今その場にいる観測者は『それら』を見える者、正確には『それら』に類するモノだった。だから、見える者がないと断じる以上、そこには何もない。

血溜まりも肉片も何一つ残っていない。朽ちかけた廃墟の一角、砕けたコンクリート片が散らばり、何かが派手に暴れた跡があるだけで、他には何もない。微かな妖気の残り香があるだけだった。

ここは妖怪が殺された現場だった。
しかし、その死体がなかった。

「……やれやれ、この現場を見て何を調査しろって言うんだろうね?」

ひょろりと長身の少年は、呆れながら溜め息一つを吐いた。
リアルではまず御目に掛かれない瓶底眼鏡の位置を直し、百九十近い長身の少年は近くに転がっていたコンクリート片に腰掛けた。ナチュラルヘアーというには雑過ぎるボサボサの髪を掻き、どうしようかなーと面倒臭そうに呟いた。
この少年は人間の姿をしているが、その正体は指先一つで人間を八つ裂きに出来る恐るべき力を持った鬼だった。

鬼、すなわち鬼祓いが討つべき怪物。

「話じゃ結構な数が屯してたそうだけど、何も残ってないじゃないか。『悪喰王(あくじきおう)』という割には行儀よく喰ってくれたんだねぇ。反吐が出るよ、こん畜生……」

前述したが、ここは妖怪達が殺された現場だ。それも、かなりの数の犠牲者がいた。
にもかかわらず、犯人に繋がる証拠どころか、この場で殺されたということを証明する痕跡さえろくに残っていなかった。

だが、ここで罪もない妖怪達が殺されたことは確実であった。
妖怪といっても、その全てが人間に害意を持つばかりではなかった。ここにいた妖怪達は人間に対して害意を持たず、ただひっそりと暮らしている平和的な者達だった。不躾に住処に近付いてきた者達に対して多少の悪戯をすることはあっても、決して人間を傷付けることはしなかった。

いかに鬼祓いであっても、平和に生きる妖怪達を殺す権利はない。
鬼祓いはその名が示すとおり、人間に仇なす鬼を殺す者達のことだ。それは自らの種族を守るための防衛行為として、妖怪達も一定の理解があった。だから、人間に害意を持つ鬼や妖怪を殺すことは黙認していた。

だが、鬼祓いが平和的に生きる妖怪を殺すと言うことは、全ての魑魅魍魎を滅ぼし尽くすと宣言しているようなものだ。それを見過ごせるほど妖怪達は温厚ではない。人間に害意のない妖怪達も滅ぼされると言うなら、自らの身を守るために全ての妖怪が結束して鬼祓いに戦いを挑むような事態が起こるかもしれない。

だから、鬼祓いは人間に害意のある鬼や妖怪しか殺すことが許されていない。
しかし残念なことに、鬼祓いは旧時代的で頭の固い連中だった。全ての妖怪を『悪』と見なしている節があり、難癖を付けて罪のない妖怪達を殺すことはしばしばあった。

その一例が、御剣小鈴だ。
小鈴は鬼や妖怪に対して一切容赦なく、殺し方も残忍だった。彼女の調査範囲にいる妖怪はほぼ問答無用で殺された。中には平和的に生きていた者も多かった。彼女は妖怪に対して一切の情けをかけない。だから、小鈴は妖怪達の間では相当に疎まれた存在だった。

「……御剣小鈴が『悪喰王』なのかな?」

悪喰王とは、暫定的に名付けられた連続妖怪殺害犯の呼び名だった。
実は、この死体なき妖怪殺害事件はここ最近頻発していた。犠牲者の数は推定で千以上。そして、その殺害現場は全て、鬼祓いの一門、御剣家のテリトリー近くだった。だが、鬼祓いのテリトリー内で起こった事件は一つもない。全ての事件が鬼祓いのテリトリーの外側で起こっていた。

鬼祓いのテリトリー外では、鬼祓いとは別の組織の管轄になる。そちらの組織では、人間と妖怪の共存を重視している組織であり、鬼祓いとは意見が対立することが多かった。

もし、小鈴が連続妖怪殺害事件の犯人であるならば、その別組織のテリトリーで罪もない妖怪達を殺す目的は一体何だと言うのだろうか。別組織のテリトリーで事件を起こすことは、鬼祓い全体にも悪影響を与えかねない。

全ての妖怪と別組織、その両方を敵に回しかねないのだ。

「まさか、それが狙い? 愛する人を殺さなければならない運命を強いた全てを壊す。そのために、こんな事件を起こした……?」

瓶底眼鏡の少年も御剣小鈴の残酷な使命のことは聞き及んでいた。
だから、小鈴がそのような破滅的な展開を望む可能性も否めなかった。
だが、この方法は確実ではない。もし、小鈴が別組織と妖怪達と諍いを起こしたいという目的で事件を起こすくらいなら、もっと他に確実な方法があるはずだ。

だとするならば、小鈴犯人説の可能性は低いだろうか。少年は考えに詰まって首を捻ると、瓶底眼鏡がズレた。

「……正直、動機とするには弱いかな? でも、この辺りでこれだけ見事な手際で妖怪を殺せる奴なんて限られている。やっぱり御剣小鈴が怪しいのは確かだね」

ズレた眼鏡の位置を直し、少年は自らの推理を口にする。
今回の連続妖怪殺害事件は、誰にでも可能な事件ではない。平和的に生きる妖怪達が必ずしも弱いとは限らない。中には吉高神の鬼以上に強力な者もいた。それを痕跡一つ残さずに殺せる者など、かなり限定される。
事件が発生した地域内でそれが実現可能な人物は、御剣小鈴くらいなのだ。

「まぁ、直接確かめてみればいいか!」

うんうん、と少年は何度も頷くと紅く染まった月を見上げた。
そして次の瞬間、少年は月に届かんばかりに遥か地上高くまで跳び上がっていた。
闇夜を我物顔で飛び交う少年の姿はまるで鳥のように見えるが、彼の背中には翼はなく、ただ脚力のみで宙を駆けていた。それは御剣小鈴でさえ不可能な超人的な身体能力だった。

少年が文字どおり一足飛びに向かったのは、鬼祓いが支配する吉高神市。
間もなく百鬼夜行の首魁アテルイの封印が破れようとするこの時期に、新たな災禍が鬼祓いの町に訪れようとしていた。










「和平~、一緒に飯食おうぜ?」

阿井輝和平の昼休みは大抵、鳥飼広治によって侵害された。
何故、大抵かというと、性質の悪い不良に絡まれることや、担任に面倒事を押しつけられることがあったからだ。

気弱そうな外見のためか、それとも人付き合いを避ける陰鬱な性格のためか、和平は色々と難癖をつけられることが多かった。小鈴が一緒にいてくれた頃は和平も明るくて、そのようなことはなかったのだが。

ただ、最近は人気者の鳥飼が一緒にいるようになって、不良達はあまり絡んでこなくなった。教師はたまに面倒事を押しつけてくるが。
和平としては鳥飼だろうと不良だろうと教師だろうと、ほとんど大差はない邪魔者だと思っていた。いつだって世界は灰色のまま、決して彩りを取り戻すことはなかった。

「……勝手にしろ」
「じゃあ、中庭にでも行こうぜ!」
「おい、引っ張るな……」

教室の隅でひっそりとパンでもかじっていようと思っていた和平は、鳥飼に強引に引っ張られた。鳥飼は体格的にも恵まれているので、小柄な和平を引き摺って歩くなど容易なことだった。抵抗が無駄だと知っていた和平は仕方なく、昼食のパンを片手に持って鳥飼と一緒に中庭に向かった。

吉高神高校の中庭に幾つもベンチがあり、生徒達はよくここで昼食を食べることが多かった。人付き合いを避け、引きこもりがちの和平には縁がなかった場所だったが。
だから、和平は知らなかった。小鈴達がいつも昼食を取っていることを。

「空いてるベンチはあそこだけか」
「げっ……」

鳥飼が見つけたベンチのすぐ側の芝生に、レジャーシートを敷いて四人一緒に昼食を取っている小鈴達がいた。
小鈴はベンチに近付いてきた和平に気付くが、すぐに視線を逸らして昼食を再開した。そんな仕草が小さな棘となって和平の胸に刺さった。

「う、鳥飼、別の場所にしないか?」
「あん? 他に空いてるベンチなんてないぜ? あそこでいいじゃん」
「いや、だけど……」

「ほら、席取られる前に座っちまうぞ」

今更鳥飼に抵抗しても無意味だと思い知っている和平は仕方なくベンチに腰掛けた。小鈴達とは近く、互いに談笑の声が聞こえる範囲だった。

「……悔しいが、美味い」

「どうしてコリンちゃんは私の料理を食べるたびに、悔しいって付けるのかな? もうあげないよ?」

「お前はキャラ的に料理が駄目っぽそうなのに、何故料理が美味い? どんな詐欺だ? 何か秘密があるはずだ」

「酷しッ!? そこまで疑うこと!?」
「小鈴は料理が絶望的に駄目ですからね。嫉妬しているんですよ」

彼女達の会話を聞き、和平は小鈴の料理の腕を思い出す。そして、思い出しただけで当時味わった地獄の腹痛が少しだけ蘇った。腹の内側から何かに食い破られそうになるような痛みで、何度も死を味わった。そう、何度も。

だが、今ではそれも懐かしい痛みだった。小鈴の料理が食べられたということは、彼女と一緒にいられたということだったから。

「何だ、腹でも痛いのか?」
「いや、別に……」

複雑な気分で腹を擦っていたら鳥飼に心配された。
和平は思い出してしまった痛みを再び忘れ、パンの包装を破いてかぶりついた。珍しくゲットできたレア物の焼きそばパンだったが、妙に味気なかった。

「御剣って料理駄目なの?」
「黙れ、吐夢。叩き斬るぞ」
「怖ッ!? 目がマジだよ、御剣!?」

「吐夢君、小鈴に料理の話は禁句ですよ。これまで私が幾度となく教えたのに、何故か完成する時には謎の極彩色の物質になるんですよね……」

「何それ? どんなミステリー? というか、もうファンタジーだよ。普通の食材を使っている限り、絶対に有り得ない化学変化だよね?」

「……ちなみに味は?」

「まぁ、私はほとんど誰かさんに押し付けて逃げてましたので、味は知らないです。ただ食べた人の反応を見る限り、胃薬程度ではどうにもならないってのは間違いないです。運が良ければ、五分十分くらいで目を覚ますことが出来ます。運が悪いと二、三日くらい目を覚まさないことがあったり……。あの時はさすがに焦りましたね」

(こ、このアマ……)

和平は苦汁の日々を思い出すが、それを口には出せなかった。
こんなすぐ側にいても、もはや和平と小鈴達の距離は遠く離れていた。言葉を交わすことなど二度となかった。

「そういえば、和平。田村さんって知ってるか?」
「……あぁ、あいつか」

と、呟きながら和平は焼きそばパンを一口租借した。
田村涼香。和平と同じクラスの女子で、美人でもあるが、変人でもあった。

とにかく無口。基本的に話し掛けても返事はない。教室にいる時は大抵、文庫本を読んでいて誰も寄せ付けなかった。コミュニケーション能力が致命的に欠けている少女だったが、何故か和平にたびたび話し掛けてくることがあった。

「彼女に、今日屋上に来てくれ、って伝言頼まれたぞ。何だよ、お前も隅に置けないじゃん? 告白か?」
「別にそんな訳な……」

ベコッ……。
と金属製の何かが強引な力で凹まされるような音がした。

「うわあああッ!? コリンちゃん、水筒のコップが凄い形にッ!!」

何やら小鈴達の方が騒がしくなっているが、和平の座っている位置から彼女達の様子はよく見えなかった。振り返って様子を見たい気もしたが、その衝動は何とか抑えて鳥飼との話を続けた。

「そんな色気のある話じゃない。変な詮索するな」
「何だよ、親友の俺には教えろよ? 一人で大人の階段上るなよ」

ベコベコ……、グシャッ!!

「う、うわぁ……、握り潰しちゃったよ……」

何を握り潰したのか非常に気になるが、やはり無視する。

「だから、そんなんじゃない。……ウチの高校には吹奏楽部がないってだけの話だ」
「はァ? どういうことだ? 確かに吹奏楽部はないけど、軽音部とかジャズ研とかがあるじゃねぇか?」

「そうだな。それも悪くないけど、あいつは気に入らないんだとさ」
「なぁ、親友。何言ってるか、サッパリなんだけど?」

「お前は知らなくていいんだよ。とにかく僕と田村はそんな色気のある関係じゃないし、僕とお前は親友でもない」

「なんだよ、つまんねぇな。まぁ、いいけど。お前が田村さんと何でもないって主張するなら、お前の好みのタイプって何だよ?」

「好みのタイプ……?」

唐突に話を苦手な方向に変えられて和平は少々困惑した。
脳裏に小鈴の姿が過ぎるが、それを振り払うように頭を振った。小鈴のことはとっくに諦めた。彼女とは住む世界が違い過ぎる。もはや想うことさえ許されない。

だから、何度も浮かんでくる小鈴の幻影を必死に振り払った。

「……何で僕がそんなことを言わなきゃいけないんだよ?」
「いや、親友として気になるじゃん? ほら、言え言え!」
「……だから、僕とお前は親友じゃない」

鳥飼の他にも、背後から凄まじいプレッシャーを感じるような気がしないでもないが、多分気のせいだと思う。

「じゃあ、俺の質問に答えるだけでいいや」
「……わかったわかった。それくらいなら付き合ってやるよ」
「ズバリ、ポニーテールは好きか?」

「…………」

この質問に悪意を感じた和平は、いつも以上に眉間にしわを寄せて鳥飼を睨んだ。
和平は小鈴が好きだと言うことを鳥飼に言った覚えはない。だが、中学から一緒の者は大抵知っているだろうし、彼等を通じて鳥飼がそのことを知っても不思議ではない。人気者の鳥飼は噂にも精通していた。

すぐ側にいる小鈴達も会話を止めて、こちらの話に聞き耳を立てているようだった。
和平は深い深い溜め息を吐き、首を横に振った。

「………………嫌いだね」

バキッ!!
箸が折れるような音と殺気を感じた。

背後にポニーテールの少女がいることを承知で言った発言だったが、和平は早速後悔をした。だが、今更発言を撤回することは出来なかった。

「じゃあ、あれだ。つり目で下手な男より格好いいクールビューティは好きか?」

「……勘弁だな。どうせなら癒し系がいい。あと、出来れば身長は僕より低い方がいいな。さすがに自分より背の高い女はない。絶対にない」

バキッ……、ボキッ……、グシャッ!!
余談だが、小鈴の身長は和平より高い。ほんの少しだけだが。

「っていうか、僕の好みなんてどうでもいいだろう。お前はどうなんだよ、お前は?」
「んっ? 和平の方から質問してくれるなんて珍しいな。これはまさか愛か?」

ズガッ!!
と地面を殴りつけたような音。
そろそろ身の危険を感じてきた和平は、一刻も早くこの場から逃げ出したくなった。

「頼むから誤解を招く発言をするな!」
「誤解なんてとんでもないぜ! 俺はお前一筋だ!」
「だから、そういう発言を止めろ!」

ズガズカズカッ!!
色んな意味で身の危険を感じた和平は食べかけのパンを持ち、その場から足早に立ち去った。鳥飼も愉快そうな笑みを浮かべながら、和平を追っていった。










その日の夜、小鈴と遭遇してしまった鬼はとても不幸だった。
元々、鬼に対して容赦ない小鈴であったが、今日は一段酷かった。圧倒的と形容するだけでは足りないほどの飽和攻撃によって、鬼達は血の一滴すら残らず蒸発してしまった。

同行した吐夢達は全く手を出すことも出来ず、遠くから小鈴の暴れ振りを見ていることしか出来なかった。そして、小鈴の強さと恐ろしさを再認識して、軽く震えていた。

小鈴は一人で鬼達を虐殺したが、それで気分が晴れることもなく、敵がいなくなっても殺気立っていた。

「……壮絶に機嫌悪いな、御剣の奴」
「しっ! 今の小鈴には近付かない方がいいですよ」
「だねー。気持ちはわかるよ。阿井輝、サイテーだったもん」

全ての鬼が倒されたことによって、逢魔の夜が消えていく。
赤黒く濁った空気が晴れていき、町外れの小さな社の周囲は見慣れた景色に戻っていく。社はどこまでも続く田舎の畦道の途中にある雑木林の入口近くにあった。もはや存在を忘れられて久しく、訪問者は人間よりも妖怪の方が多かった。

ほとんど人が訪れなくなったこの小さな社は、妖怪達が吉高神の市街地に侵入しないようにするための結界の要の一つだった。こうした結界の要は幾つもあり、鬼祓いは毎夜この結界の要を巡回し、鬼や妖怪達が侵入してこないか目を光らせていた。

ちなみに、鬼達がこの結界を越えて吉高神の市街地に入り込むためには、逢魔の夜を経由しないといけない。異界を通ることによって、現世にある結界を避けているのだ。鬼自体は逢魔の夜がなくても姿を現すことが出来る。

「……来夢、カズちゃ……阿井輝を悪く言うな」

鬼の返り血で汚れた小鈴が近付いてきて、不満そうに来夢を睨んだ。

「うわっ、睨まれた!」
「阿井輝は悪くない。阿井輝の好みが何であっても、私には関係ない」
「その割に今夜はポニーテールじゃないですね?」
「五月蠅いぞ、癒し系」

普段のポニーテールではなく艶やかな長髪をストレートに下ろした小鈴が不機嫌そうに美優を睨む。

「もう、小鈴。いくら私が阿井輝君のタイプだからって当たらないでくださいよ」
「……友衛って癒し系か? 結構黒い気が……」
「何か言いましたか、吐夢君?」

余計な茶々を入れた吐夢を黒い眼差しで見つめる美優。ツンツンした小鈴の怒りと比べると鋭さはないが、べったりと纏わりつくような粘着質な怒りを感じた。

「い、いえ! 何も言ってません!」
「あらあら? どうして脅えているんですか? こんな癒し系の私を前にして?」
「…………(よく言うよ、ホント……)」

「何か言いました?」
「いいえ! 何も言ってません!」

 薄く微笑む美優に底知れないプレッシャーを感じた吐夢は全力で首を横に振った。

「全く、吐夢君は失礼です」
「……でも、吐夢の言うとおり、美優は癒し系じゃないかもな」
「あっ、小鈴までそんなこと言うんですか!」
「ふふ……、ごめん。ちょっとどうかしてたな、私は……」

不機嫌そうにしていた小鈴がようやく表情を崩したおかげで、場の空気が少しだけ明るくなった。

「いいのいいの、コリンちゃんは悪くないよ。悪いのは阿井輝の奴だよ! コリンちゃんが近くにいるのに、あんなこと言うなんて最低だよ!」
「……来夢、阿井輝のことを悪く言うのは止めろ。大体……」

「うんにゃ、止めないね! だって、あれは絶対に阿井輝が悪い! ウーチンの質問も悪かったけど、もっと別の言い方があったはずだよ! 何、嫌いだね……って! 酷いよ、あんなの! コリンちゃんはもっと阿井輝のことを怒っていいはずだよ!」

「来夢……」

小鈴は複雑そうに苦笑する。
どういう理由であっても和平のことを悪く言われることは嫌だったが、それでも小鈴のことを思って本気で怒ってくれる来夢の気持ちは嬉しかった。

「阿井輝がコリンちゃんのことをどう想ってるかは知らない! でも、コリンちゃんの側であんなことを言うなんて絶対にやっちゃ駄目なことだよ!」

「私も同感ですね。あれは阿井輝君が悪いです」
「俺もあれは阿井輝が悪いと思うな。あと、ストレートに下ろしているのも新鮮でよかったけど、御剣はやっぱりポニーテールが似合うよ」

「美優……、吐夢……」

心優しい仲間達の気遣いを受け、思わず表情を緩ませる小鈴。
だが、そんな微笑ましい展開は、心優しい仲間達によって破られる。

「ちょっと、お兄ちゃん! コリンちゃんを口説こうとするな! もう、サイテー!」
「そうですよ、私のことは貶したくせに小鈴だけ褒めるんですか? 納得いきません!」

「ちょ! 何言ってるんだよ! 俺は別に……」

眉を吊り上げた来夢と美優に詰め寄られ、言葉を詰まらせる吐夢。助けを求めるように吐夢は小鈴に視線を送った。

「ふっ……、よくわからんが、吐夢が悪いな」

しかし、あっさりと見捨てられる。

「えっ! な、何でだよ!」
「男は大抵、理不尽に悪役を押しつけられるんだ。阿井輝みたいにな」

小鈴は柔らかく微笑みながら、そう言った。
その時の小鈴の笑みは、いつもの張り詰めた彼女の雰囲気と違い、本当にあどけない笑顔だった。重責を背負った鬼祓いではなく、ただの十七歳の少女としての笑顔。

不意に見てしまった御剣小鈴という少女の素の表情。
吐夢はそれを見て、頬を真っ赤に染めた。

が、そのことが他の二人の少女達の逆鱗に触れて、理不尽な折檻を受けることになった。男はいつの時代も理不尽な目に遭う運命なのだ。

「全く、コリンちゃんには阿井輝がいるんだからね!」
「そうですよ! 小鈴に手を出すなんて許しません!」
「そ、そんなつもりはないのに……」

ボロボロにされた吐夢はさめざめと泣いていた。最近、小鈴と仲良くするたびに妹やら親友やらファンクラブやらに暴行を受けてばかりだった。

「さて、帰るか……」

吐夢への折檻が終わったことを確認した小鈴は、踵を返して家路に就こうとした。
しかし、彼女の足は止まり、帰るべき道とは全く逆の方向に向かった。

「……そこにいるのは誰だッ!?」

小鈴は社の向こう側に向かって、射抜くような眼光を向けて吠えた。
滅多に見せることのない御剣小鈴の全力の覇気。普段はその身に封じられている膨大な霊力が烈風となって周囲を吹き荒らす。美優もまた普段とは比較にならないほど強大な霊力を放ち、これまで上坂兄妹が見たことのないプレッシャーを放っていた。

彼女達の様子から、かつてない強敵が近くにいることを悟った吐夢と来夢も、遅れながら臨戦態勢を取った。

「随分と派手に食い散らかしてくれたなァ、鬼祓い……」

それは肉食獣の咆哮に似た声だった。
深い闇の中から音もなく姿を現す巨躯の怪物。
小鈴達の眼前に現れたのは、これまで相対してきた鬼達とは比較にならないほど巨大な青鬼だった。小山の如き、という表現が比喩に聞こえないほどの巨体。まるで大自然の脅威を体現しているような威厳ある怪物だった。

何故、これほどの怪物が近付いていたことに今の今まで気付かなかったのか。吐夢は大鬼の登場に驚愕し、思わず放心してしまった。

「貴様は何者だ!? この辺りの鬼ではないなッ!!」

小鈴は仲間達を庇うように前に出て、巨大な青鬼に相対する。

「我が名は、大嶽丸(おおたけまる)ッ!! 我の領地を荒らした悪喰王を追い、この地へ参ったッ!!」

「悪喰王……? 聞いたことがある……。だが、そいつは……」

ここ最近、無差別に妖怪を殺し回る者がいて、その者が悪喰王と呼ばれているという噂は聞いていた。しかし、それは吉高神の近辺とはいえ、御剣家のテリトリー外の事件。

そして、妖怪を勝手に殺してくれるなら鬼祓いとしても特に止める理由がなかったので、ほとんど小鈴達とは関わりの話だった。少なくても、彼女達はそう思っていた。

だが、大嶽丸はそうは思っていなかった。

「御剣小鈴ッ!! 貴様の残虐非道の所業は見せてもらったッ!! やはり、貴様が悪喰王だなッ!? 我が同胞の仇、取らせてもらうぞッ!!」

「なッ……!? ふざけるなッ!! 何故、私がそんな真似を……」
「問答無用ッ!!」

大嶽丸が巨大過ぎる両腕を上げる。
その両腕は夜闇に浮かぶ月に届くほどに高く伸び、そこから振り下ろされる一撃はおそらく想像を絶するものだろう。

「くっ……、逃げるんだ、みんな! こいつは私が相手をする!」

小鈴の言葉を受け、三人はすぐさま全力でその場から退避した。しかし、小鈴だけはその場に留まり、振り下ろされる大嶽丸の拳を睨み付けた。

大嶽丸の狙いは予想どおり、小鈴だった。
いかに霊力で自身を強化しようと、これほど巨大な大嶽丸の一撃を受ければ小鈴といえども助からない。だが、小鈴は敢えて振り下ろされる大嶽丸の拳に向かって飛んだ。

振り下ろされる拳、そこに敢えて飛びこむ小鈴。
相対速度によって小鈴の目には信じられないスピードで大嶽丸の拳が迫る。だが、その恐怖に呑まれず敢えて直進したことによって、ギリギリ大嶽丸の拳を避けることが出来た。小鈴は避けざまに大嶽丸の腕に飛び乗り、そのまま一気に肩まで駆け上った。

「武霊灯壱式、紫電ッ!!」

霊力によって顕現する光の太刀。
仄かに紫色の光を放つ刀を手にした小鈴は、大嶽丸の首筋を斬り付けた。
青い鮮血が吹き出し、小鈴の死装束を穢す。小鈴は今の一撃で首を落とすつもりだったが、想像以上に大嶽丸の身体が固く、致命傷を与えるには至らなかった。人間でいえば、カミソリで軽く切ってしまった程度の傷だ。

追撃を加えようと小鈴は刀を返すが、その前に大嶽丸は蚊を潰すように平手で首筋を叩く。小鈴は咄嗟にその場から飛び降り、落下の勢いを利用して大嶽丸の背中を斬り裂いていく。だが、それも巨大過ぎる大嶽丸にとって掠り傷程度だった。

「おのれェェェッ!! 血も涙もない悪喰王がァッ!! 貴様のような輩がいるから、我らに平穏が訪れんッ!! 殺された同胞達の怒りを知れッ!!」

「私は悪喰王などではないッ!!」

「だとしても、貴様のような輩は許せんッ!! 我ら全ての鬼の怒りと悲しみを知れ、鬼祓いッ!! 貴様らの傲慢がどれだけの妖怪を脅かすと思っているッ!!」

大嶽丸は小鈴を追って幾度も身をよじって乱暴に腕を振り回すが、小鈴は神懸かり的な動きで全てを回避する。しかも、攻撃を避けながら小鈴は何度も大嶽丸の巨体を斬り付け、青い血に汚れながら無事地面に着地した。

「ほざくなッ!! 人に仇なす化け物の分際でッ!!」
「黙れッ!! 妖怪を害する外道がッ!!」

鬼殺しの人間。
人殺しの大鬼。

互いに異種の血に染まった者達は激しく火花を散らして睨み合う。少ない言葉しか交わしていないが、二人は互いに理解し合えない不倶戴天の敵であると認識する。

共に生きることさえ許せない存在。
紫電を握り直した小鈴は再び、絶望的なサイズの違いがある怪物に全く怯むことなく挑んだ。掠るだけでも挽肉にされかねない大嶽丸の猛攻の嵐の中、小鈴はまるで死など恐れていないかのように無謀に突っ込んでいく。

小鈴と大嶽丸の死闘は、まさに蟻と象の一騎打ちだった。
本来ならば、勝負にすらならない存在同士が全くの互角の戦いを繰り広げていた。それは異様としか言えない光景だった。











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