作家志望の不定期ブログです。
無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
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第十二夜 心愛
2012-07-11-Wed  CATEGORY: 小説:メアのゆりかご
・Prologue
・第一夜 白夜の世界
・第二夜 異世界の現実
・第三夜 届かない想い
・第四夜 絶望と覚醒
・第五夜 友と共に生き延びるために
・第六夜 夢の最果てで
・第七夜 忘却に潜む闇
・第八夜 愛ゆえに
・非現実の座談会
・第九夜 瞳
・第十夜 真城礼夢
・第十一夜 絶望



メアのゆりかご
第十二夜 心愛



茨船は一切減速することなく、赤き大陸に接岸した。
いや、接岸というより衝突したと言った方が正しいだろうか。
礼夢達は衝突の寸前、茨船の甲板から飛び、粉々に吹き飛んだ茨船には目もくれずに赤き巨大な大陸に舞い降りた。休みなく脈動する心臓に足を付けると、メイアーハザードの鼓動を直に感じられた。


鼓動一つがまるで地震のようだった。
絶え間なく続く地震の感覚に慣れるには時間が掛かりそうだったが、彼等はゆっくりと時間を掛けていられる暇も余裕もなかった。まだ血流の近くにいるため、白血球の大群が礼夢達を狙っていたのだ。
揺れる大地に足を取られながら、礼夢達は赤き大河から離れた。

しつこく襲ってくる白血球達を振り払い、礼夢達は何キロも走り続けた。連戦に次ぐ連戦で、精神的な疲労が積み重なっていく。夢幻界には肉体的限界は存在しないが、精神的なダメージはそのまま彼等の力を奪っていく。

ようやく白血球の群れを振り払った時、礼夢達は疲労困憊でその場に崩れ落ちた。

「はぁ、はぁ……、広いね……」
「……えぇ、馬鹿でかい心臓ね……」

礼夢達は改めて周囲を見渡し、思わず溜め息を吐いた。
まさに大陸だった。四方を見渡しても永遠に続くような赤き大地。あまりに巨大過ぎて、とても人の手でどうにか出来るようなモノとは思えなかった。

圧倒的な巨大さに心が折れそうになった。
しかし、メイアーハザードを倒さなければ、彼等の目的は永遠に達せられない。国崎小夜子を守れず、殺された級友達を救うことも出来ず、元の世界にも戻れない。
彼等には諦めると言う選択肢は初めから存在しなかった。

「……ふん、でかいから何だってんだ? 悪夢王メイアーハザードからすれば、俺達は細菌以下の存在かもしれない。だが、細菌だって構わねぇ。細菌一つだって、時として命を奪うことがあるってことを教えてやる。
 俺が今、小夜子に出来ることはこれくらいだ。この悪夢を殺し、一秒でも早く小夜子の苦しみをなくす」

「そうだね。実乃里を救うために、このバカでかい怪物を倒さなければいけないっていうなら倒してやるよ。どれだけ僕達がちっぽけな存在だって、それでも退けない理由があるんだ。この気持ちが……、この想いが力になると言うなら、僕達がこんなでかいだけの化け物に負ける道理はない」

守るべき人がいる礼夢、救いたい人がいる真。
彼等には、それぞれ想う人のために戦う理由があった。

夢幻界においては精神の強さがそのまま強さとなる。大切な人を想う気持ちが彼等の強さとなる。夢幻の強さこそが巨大な悪夢を打ち倒す刃となる。

礼夢と真の力はこれまでにないほど高まっていく。それは鳴動する大地にさえ恐怖を与えるほどに激しい力の余波を生み出した。

「……全く、鬱陶しいわね」

吹き寄せる力の波動を受け、レオノーラのウェーブの髪が激しく揺れた。士気を上げる二人に対し、冷めた表情のレオノーラは溜め息混じりで呟いた。

レオノーラには彼等のように戦う理由を持っていなかった。
ただ元の世界に戻りたい。それだけだと言うのに、いつの間にか悪夢王を倒さなければいけない状況に陥っていた。

「本当、面倒ね……」

彼女でなくても文句を言いたい状況だった。
戦う理由もないが、それでも戦わなければ元の世界には戻れない。ならば、彼女もまた戦わなければいけなかった。

熱くなる二人とは対照的にレオノーラだけが冷ややかだった。
だからこそ、彼女だけが気付くことが出来た。
密かに忍び寄る悪意ある者の影を。

「……誰ッ!?」

気配を察知した瞬間、レオノーラは躊躇わず攻撃に移った。
もうこの世界には敵しかいない。友人も恋人も全て奪われていたのだから。

薔薇の蔦が地面を走り、気配に向かって伸びていく。いや、伸びていくという表現は正しくない。無数の蔦が絡まって巨大な蛇と化し、地面ごと気配を抉り飛ばした。

しかし、手応えはなかった。空振りだった。
レオノーラは視線を走らせて気配の行く先を探る。幸い、見失った気配はすぐに見つかった。気配の主は全く隠れる様子もなく、悠然と彼女の正面に立っていた。

「だ、誰……?」

レオノーラは再び問う。
全く見覚えのない人物だった。
いや、人間の形をしているが、人間でないことは明らかだった。

印象としてはナイトウォーカーに近かった。しかし、姿形だけでなら完全に人間の模倣となっていた。肌の色は黒人のそれと比較しても異常なほど黒いが、それでも現実にいる人間と比べて明確な違いは見出せない。だが、纏う雰囲気の違いはとても人間のそれではなかった。

漆黒の肌をした謎の男(?)は、紳士とピエロを合わせたような服装に身を包み、不敵な笑みを浮かべていた。レオノーラの視線に気付くと、まるでサーカスの開演を告げるかのようにシルクハットを脱ぎ、恭しく頭を下げた。

「ようこそいらっしゃいました! 皆々様!」

予想だにしなかった歓迎の言葉に一同は呆気にとられた。
所作一つとっても洗練されており、この不自然な状況下においても歓迎の意志を確かに伝える美しい動作だった。本当にこれから演劇かサーカスが始まったとしても不思議ではない気がした。しかし、このナイトウォーカーを彷彿させる男が主催するモノが楽しいイベントになりえるとは考え辛かった。

謎の男は礼を終えると再びシルクハットを被り直し、クルリとその場で一回転をして両腕を開いた。行動が一つ一つミュージカルのように大袈裟だった。しかし、それでも付け入る隙がないほど研ぎ澄まされていた。

「ここは愛の苦しみから生まれた悪夢が集まるメイアーハザードの心臓! そして! 私はこの心臓の管理者! いいえ! 私自身がメイアーハザードの心臓といっても過言ではありません! いいえ! むしろ私こそがメイアーハザードの心臓!
 まぁ! 気の利いた名前はありませんが! どうぞ! 気軽にメイアーハーツとでもお呼びください!」

まさに舞台上の役者のような場違いな言動だった。
メイアーハーツと名乗った奇妙な男は、再度シルクハットを脱いで恭しく頭を下げた。やはりその動作に敵意はない。だが、メイアーハザードに関係する者である以上、礼夢達の敵に間違いなかった。

これまでの敵とはあまりに毛色の違うメイアーハーツに呆気にとられた一行だったが、それでもすぐに危険な敵と判断して臨戦態勢を取った。

「ふざけた野郎だ……。だが、一つ気になることを言ったな」

「おや? 何か私の発言で気になる点がございましたか? どうぞご自由に質問をください! 貴方達は初めての訪問者です! どのような問いにも光の速さで返答いたしましょう! 客人に一瞬たりとも退屈をさせない! それが愛です!」

「…………何、こいつ?」

レオノーラはウンザリした表情で吐き捨てた。

「私は悪夢王の心臓メイアーハーツ! そして! 様々な愛に苦しむ者達の悪夢を収集するコレクターでございます! どうぞ! 以後お見知りおきを!」

律儀にレオノーラの呟きにも返答するメイアーハーツ。
これは会話をすると疲れるタイプだ、と判断したレオノーラは即座に口を閉ざした。つまらない呟き一つ一つにまで返答をされたのでは堪ったものではない。

「……その言葉に嘘はねぇのか?」

礼夢も若干ウザそうな顔をしつつ、メイアーハーツに尋ねた。

「えぇ! もちろんでございます! 貴方達を騙す理由を私は持ち合わせおりません! 歓待するべき貴方達を欺いたとして何の意味があるのでしょう?
 仮に私が貴方達に敵意を持ち! 殺したいと考える者だとして! このような真似をすると思いますか? 貴方達のような人間が何をしたところで私を傷付けることなど出来ません! 無駄無意味無価値な行為でございます! 私にとって何の脅威にもならない貴方達を欺く必要など何一つございません! えぇ! それが愛です!」

「……なるほど、よくわかった」

礼夢は青筋を立てながら深く頷いた。
つまり、メイアーハーツにとって礼夢達など敵とすら認識されていないのだ。

だから、騙す必要もなければ、攻撃する必要さえない。ただ、純粋なまでに訪問者を歓迎に来ただけなのだ。

「馬鹿にしやがって……」

「いいえ! それは誤解でございます! 貴方達は人間! そして! 私は悪夢王の心臓! 元々存在する次元が違い過ぎるのでございます! 今! 私は貴方達に合わせてこのような形を取っていますが! 本来はこの大陸そのものの化身なのでございます!
 すなわち! 貴方達の尺度で説明するなら! 人間と微生物のような差があるのでございます! 貴方達は取るに足らない微生物に対して馬鹿にする気持ちがありますか? ないでしょう? えぇ! しょせん微細物ですから! 私にとって! 人間などそのような存在に過ぎないのでございます!
 ですが! それでも我が元に辿りつけたことを称えて歓迎いたします! えぇ! それが愛です!」

「アイアイアイアイと鬱陶しいんだよ! とにかく、お前がメイアーハザードの心臓で間違いないんだな! だったら、お前を倒せばメイアーハザードも死ぬってことか!」

「えぇ! まさにそのとおりでございます! 私こそが……」
「だったら、今すぐ死に失せろ!!」

メイアーハーツとの会話を打ち切り、礼夢は即座に二挺拳銃のトリガーを引く。

黎明と黄昏の二挺拳銃から放たれる業火の弾丸は、メイアーハーツに命中して激しい爆発を起こした。礼夢は攻撃の手を休めず、連続して銃弾を放ち続けた。まるで肉片一つ残さない勢いの攻撃だった。

凄まじい爆発と熱波の嵐によって真とレオノーラはその場から弾き出される。

真達がいなくなると礼夢の攻撃はさらに激化した。灼熱の業火が大地を薙ぎ払い、立ちこめる黒煙は空を覆い尽くすほどに広がっていく。もはや噴火した活火山の目の前にいるような錯覚さえ感じた。

「……ふぅ、これでどうだ?」

充分な手応えを感じ、礼夢はガンズ・オブ・トワイライトを納める。
炎弾が止まったことによって深紅色が消え去り、周囲は完全に煙の黒色に包まれた。熱波と黒煙は未だ引かず、メイアーハーツがどうなったかは不明だった。しかし、これだけの攻撃を受けて無事だとは到底思えなかった。

「す、凄い……。これなら跡形も残らないんじゃないか?」
「……あまり期待し過ぎるのは止めなさい、近衛。ここでは常識なんて通用しないんだから」

楽観的なことを言う真に、シビアの意見を告げるレオノーラ。
夢幻界において現実世界の常識は通用しない。レオノーラの指摘は正しい。その常識を逸脱した光景に彼等は何度も驚かされてきた。

そして、再び常軌を逸した光景に驚かされることになった。

「だから! 無駄なのでございますよ!」

そのおぞましい声と共に凄まじい突風が吹き荒れた。
黒煙が一瞬にして吹き飛び、全く無傷のメイアーハーツが姿を現した。

「なっ……!?」
「驚くことではございません! 武曽にすら劣る貴方達の攻撃など! 蚊に刺されるより些細なことでございます! 反撃の必要すらございません!」

「……こ、この野郎がァッ!! だったら、これでどうだッ!!」

二挺拳銃を投げ捨て、虚空から灼熱色のライフル、ペネトレイト・サンライズを取り出した。白夜の世界において黒月をぶち抜いた礼夢の最強武器だ。

礼夢はペネトレイト・サンライズを構え、最大出力で灼熱のレーザーを発射する。

メイアーハーツは真正面から向かってくる光線に対して全く防御する構えも見せず、ただ悠然とその場に立ち尽くしているだけだった。真っ赤なレーザーはメイアーハーツの胸に直撃するが、服すら焦がすことが出来なかった。

「じょ、冗談じゃねぇ……」

傲慢なまでに強気な礼夢も目の前の光景に蒼ざめた。
業火の熱線は確実に当たっているが、メイアーハザードは全く意に介した様子はない。

攻撃を攻撃とすら思われていない。圧倒的なまでの力の差を見せつけられ、屈辱を感じるより先に驚きを感じてしまった。

「ふむ? 想像以上の力は感じます! おぉ、これは愛の力! 貴方を生み出した国崎小夜子を守りたいがために! 微かな可能性に賭けようとする懸命な愛の力! おぉ! 力強い愛の力!」

「クソがァァ……、直撃してるってのにッ!?」

礼夢は腹立たしく吐き捨てた。

「幻想に過ぎない身でこれほどの愛を感じさせるとは! おぉ! 素晴らしい! 貴方は最高の客人でございますよ! そして! その愛ゆえの苦悩が実に甘美! 愛する者を守れず! 愛する者に必要とされず! それでも盲目的に愛を捧げる! これこそ愛の悪夢! まさに愛の奴隷! 貴方は最高でございますよ! もっともっと絶望してごらんなさい! 貴方の愛が成就することなどありません! 国崎小夜子にとって貴方など創造物にすぎないのですから!」

「……黙れ、黙れ、黙れェェェェェェッ!!」

礼夢は苦々しい表情で言葉を返した。
メイアーハーツの指摘は間違っていない。実際、真城礼夢は国崎小夜子が生んだ幻想に過ぎない。もっと言ってしまえば、ただの創造物だ。人間という存在にすら満たない。国崎小夜子を守るためだけに生まれた幻想だ。しかも、その唯一の役目さえ今は果たせず、小夜子から求められることもない。

守るべき少女を想い、礼夢の胸は烈火のような熱い感情が煮え繰り返る。国崎小夜子を守ることは真城礼夢にとって絶対の使命であり、彼自身の存在意義なのだ。ゆえにその行動理念は、愛という感情によって生み出されたものではない。少なくても礼夢はそう思っていた。

だが、それでは今彼の胸を焼き尽くそうとする激情の正体は一体何なのか。

礼夢が知るはずがない。愛の意味を知らない彼には理解できない。

「元々届かぬ愛! しかし! 間もなく貴方の微かな希望すら断ち切られるでしょう! 貴方の愛して愛してやまない国崎小夜子は今! 我等がメイアーハザードの中枢に! 我等が悲願! 現実世界への侵略を成すために! 国崎小夜子はメイアーハザードを孕む母胎となるのでございます! あの可憐な少女がグチャグチャメチャメチャに穢され尽くし、忌まわしき悪夢の王を生むのでございます! あぁ! それが愛です!」

「ふ、ふざけるなァァァッ!! 小夜子に手を出しやがったら、ぶち殺すぞッ!!」

礼夢は激昂する。
守るべき少女に手を出す全ての存在を彼は絶対に許せない。
夢幻界において想いこそが力となる。激情は全ての幻想を破壊し得る刃となる。

「……おや? おやおや?」

メイアーハーツは痛みを感じ、自分の胸元を覗いた。
全く通じないと確信していた礼夢の攻撃が届いていた。メイアーハーツの胸元は服が焼け落ち、熱線はジリジリと肉を焼いていた。

まさか夢幻の民でもない者にダメージを受けるなんて想像すらしていなかった。メイアーハーツは決して彼等を舐めていなかったが、それでも服に小さな染みが出来る以上の被害は想定していなかった。

だから、純粋に感動して素直に称賛する。

「素晴らしい! これが愛の力! 人間にも満たない! 幻想に過ぎない者が! この悪夢王の心臓である私に傷を負わせるとは!」

「死に失せろ、メイアーハーツッッ!!」

灼熱のライフルがこれまで以上に強力な光線を放つ。
礼夢の感情が高まると同時にレーザーの威力も高まっていく。メイアーハーツの胸は醜く焼け焦げながら黒煙を上げていた。
しかし、それでもメイアーハーツは意に介した様子を見せず、自らを傷付けている光線から逃れることもせず、演劇染みた大袈裟な所作で語り続けた。

「ですが! 貴方の限界はここまで! こんな小さな火傷を負わせるのが限界! それでも貴方は私と戦うことを望みますか? 貴方が望むのならば! 応えてましょう! それが愛です!」

「俺はなァ……、絶対に小夜子を守らないといけないんだよッ!! それが俺の生まれた理由だからとか、そんなことはどうでもいいッ!! 俺が……、俺自身があいつを守りたいと心の底から願っているッ!!
 だから守るんだッ!! そのために、てめぇをぶっ殺すッ!! たとえ、どれだけ可能性が低くても、そこに小夜子を救う可能性があるなら俺はそれに賭けるッ!!」

「愛の戦い! 是非に!」

戦いという言葉を吐いた瞬間、メイアーハーツから凄まじいプレッシャーが放たれた。

これまでのどんな敵よりも圧倒的かつ絶対的な殺気に礼夢達は凍り付いた。大自然の猛威を目の当たりにしたような畏怖。恐怖すらも超越して、意識が真っ白に吹き飛んだ。

思考に空白が出来、礼夢の攻撃に隙が生まれた。
いや、そもそも隙があってもなくても関係はなかった。メイアーハーツの絶対的な力の前に防御など出来るはずがなかったのだから。ただ、その隙のせいで礼夢は自分の身に何が起きたのか把握できなかった。

次の瞬間、礼夢は遥か上空まで飛ばされていた。

辛うじて意識は残っていたが、全身に激痛が走って指一本も動かせなかった。着地態勢を取ることなど当然不可能で、そのまま地面に叩き付けられようとしていた。
しかし、落下寸前に礼夢の身体は無数の蔦に絡め取られ、無事に大地に帰還した。レオノーラが間一髪のところで礼夢を助けたのだ。

「がァ……、く、くそ……。何が起きた……?」
「わからないわよ! 奴が指を弾いた瞬間、吹っ飛ばされたのよ!」

礼夢は激痛の走る身体に鞭を打って立ち上がるが、受けたダメージはあまりに大きかった。夢幻界でなければ一撃で死んでいたような攻撃だった。

「さぁ! もっと! もっと挑んできてください! 客人よ! 愛の戦いを私に見せてください!」

「……全く、普段の僕だったらとっくに逃げ出してるよ、この状況。だけど、やっぱり退けないよ。こいつを倒さないと実乃里を救えないんだから」

まともに立ってもいられない礼夢の代わりに真がメイアーハーツの前に立ちはだかった。

圧倒的な力の差を見せつけられ、心は恐怖に圧し潰されそうになっていた。元々、彼は勇敢とは言い難い性格だった。温厚で争いは避ける性格だ。喧嘩など慣れていないし、これまで戦っている時も内心で震えていた。
しかし、それでも近衛真が戦うのは愛する少女のためだった。
この悪夢を終わらせば、武曽に殺されてしまった実乃里を助けられる。もう一度大好きな人に会うために、今度こそ伝えたい言葉を告げるために、近衛真はどんな敵が相手だろうと逃げる訳にはいかなかった。

「エクレールッ!!」

黄金槍を構え、電撃を纏った真は躊躇なくメイアーハーツの胸元を突いた。

狙ったのは当然、礼夢が負わせた傷跡だった。しかし、ある程度予想はしていたが、メイアーハーツは揺るぎもしなかった。まるでコンクリートの地面に拳を叩きつけたような感覚だった。どれだけ殴り付けようと壊れる気配のない頑強さ。

攻撃が通じないと悟ると、真は一度メイアーハーツから距離を取った。

「おぉ! 愛の決意! ただの人間が! 夢幻界で戦うことに特化した悪夢狩りと同等の力を持つなど奇跡に等しいのでございます! 素晴らしい! 貴方は実に素晴らしいのでございますよ!」

「なら、これでどうだッ!! 腐食の闇よッ!!」

濃密な黒霧が一瞬にしてメイアーハーツを包み込んだ。
いかなる存在をも腐食させる漆黒の霧。真の能力の中でもっとも攻撃力を持つのは、この腐食の闇だった。エクレールの一撃は一見派手でスピードにおいて比類なきものだが、破壊という一点においては腐食の闇の方が上だった。

そして、一行の中で一番攻撃力が高いのもまた腐食の闇だった。これが通じなければメイアーハーツに届く攻撃はない。

「少しでもいい。利いてくれよ……」
「残念! でございます!」

おぞましき悪夢は霧を振り払い、まるで駒のよう回転しながら宙を舞った。

メイアーハーツが激しい回転をすると同時に周囲の空気も巻き込まれ、竜巻が風の刃となって礼夢達を切り裂いていく。

「くっ……。近衛、真城、私の後ろに来なさい!」

レオノーラは茨の壁を作り上げ、吹き荒れる風の刃から身を守っていた。

彼女の能力は礼夢達のような強大な攻撃力こそないが、どんな状況下にでも対応できる力があった。血管の大河に落ちた時もレオノーラがいたからこそ凌ぎ切ることが出来た。

礼夢と真は茨壁の後ろに駆け込み、メイアーハーツの竜巻の猛威から逃れた。

「助かりました、先輩」

「ふ、ふん。私は私が助かるために貴方達が必要なの。勝手に死なれては困るわ。私の力じゃ、あいつにダメージは与えられないでしょうし、貴方達が頼りなのよ」

「ツンデレしている場合じゃねぇぞ?」
「五月蠅いわね! 茨の代わりに貴方を盾にするわよ!」

「れ、レオノーラ先輩、抑えてください! 今は協力しないと本当に全滅ですよ!」

「……ふん」

不服そうなレオノーラだったが、さすがに現状は弁えていた。
あの恐るべき悪夢王の心臓の強さはもはや人智を超え、彼等の想いや幻想さえ上回る圧倒的な存在だった。一人ひとりで立ち向かっても勝てる可能性は限りなく低い。

彼等にはそれぞれ負けられない理由がある。だから、ここは一致協力してメイアーハーツに立ち向かわなければいけない。仲違いなどをしている余裕は一切なかった。

「さぁ! 次は何をするのですか?」

メイアーハーツは優雅に着地し、どこからでも掛かって来いと主張するように両腕を大きく開いた。
礼夢達の攻撃のほとんどが通じないと判明した以上、簡単に攻撃を仕掛けられるはずがない。礼夢達は臨戦態勢を取りつつ、メイアーハーツの様子を窺った。しかし、メイアーハーツ自身に戦う意思はなく、積極的に攻撃を仕掛けてくる気配はなかった。

手傷を負わせても未だに礼夢達はメイアーハーツの敵とさえ見なされていない。あの化け物が本気になれば、礼夢達など瞬きに等しい時間で殺せる。メイアーハーツは礼夢達が次に何を仕掛けてくるのかワクワクしながら待っていた。

おかげで礼夢達はある程度安心して相談をすることが出来た。

「……で、どうするのよ?」
「それは……」

レオノーラの問いに真は答えを窮した。
攻撃が通じない上、反撃一つで重傷を負う。こんな状況で何をすればいいかなど、早々には思い付かなかった。

「……奴に通じるとするなら、腐食の闇しかない」
「えっ? だけど、それはさっき……」

「あぁ、メイアーハーツに振り払われたな。だが、よく考えてみろ。俺達の攻撃の中で唯一防御されたのは、腐食の闇だけだ。それ以外の攻撃は防御すら必要ないと見なされていた。防御の必要があると言うことは、防御をしなければ危険だと言うことだ。俺達に勝てる可能性があるとするなら、腐食の闇以外にない」

真を勇気づけるように彼の肩を叩きながら礼夢はそう言った。
礼夢の銃撃、エクレールの一撃、これらは完全に通じないと目の前で証明されていた。しかし、腐食の闇は霧のような形を取り、相手を覆い隠してしまうため、先程のように振り払われてしまえば攻撃が通じたかは判断できなかった。

武曽の戦いにおいても、武曽が直接あの霧に触れることはなかった。
腐食の闇、その能力は相手に確実な死を与えること。この能力は、眼前で愛する女性を殺された怒りから生まれた殺意の顕現だった。必ず殺す、その意志から生まれた能力故に、どんな相手であろうとも必ず殺す。それが悪夢王であっても、だ。

しかし、腐食の闇には大きな問題点がある。

「腐食の闇が通じるとしても、さっきみたいに防御されたら意味がないよ」

霧という形状を取っているため、腐食の闇は突風に弱いという弱点があった。これはメイアーハーツだけではなく、武曽も同じ対策を取ったことがあった。

「馬鹿野郎、腐食の闇はお前の幻想だろ? だったら、自分で何とか出来るように考えろ。ここがどこだと思っているんだ? あらゆる幻想を生み出せる夢幻界の中だぞ。お前が願えば、どんな奇跡だって起きる」

「……そうだね。何とかしてみるよ」

真は頷き、メイアーハーツに腐食の闇を当てるイメージを固めていった。
既存するイメージを変えるのは、実はそれほど難しいことではない。ゼロから何かを生み出すより、すでにある幻想イメージを変えて応用することは夢幻の民にとって常識的な行為だった。真はそうした事実を知らないが、感覚的に幻想イメージの変更の容易さは理解していた。

一点集中ということで最初に想い浮かべたのは、槍だった。
しかし、真の中で槍というと、すでに黄金槍エクレールが定着しており、腐食の闇と交わらなかった。何とか黒霧を槍の形にしようとしてみるが、上手くはいかなかった。

「槍じゃ駄目だ……。だけど、方向性は悪くない……」

近接武器と一緒にイメージすると、腐食の闇の力が増したように感じられた。

これは幻想自体がパーソナルスペースに近ければ近いほど強固になる法則によるものだった。この法則を知らなかった真はこれまで霧として腐食の闇を扱っていた。霧となると真本人から離れ、なおかつ分散してしまうので、本来の力を発揮できていなかった。

先の法則を知る夢幻の民は、自らの幻想武器を近接戦闘用にする者が圧倒的に多かった。礼夢は自分自身が幻想であるためこの法則には当てはまらないが、礼夢自身の強さが小夜子の側を離れると大きく削がれてしまうのだ。

「霧は水……。水蒸気が水滴となって空中に浮かんでいる状態……。霧は水……。気体ではなく液体……。霧は水……。一滴の水はやがて集まり大河になる……」

真は呟きながらイメージを固めていく。
霧とは水であり、水から更に武器としてのイメージを浮かべていく。
腐食の闇が霧状であることから、そこから霧の中にある水滴を濃縮するイメージによって腐食の闇の力を一点に集めていく。小さな一滴から大河が生まれるように、水には強大な力がある。先の血管の大河で思い知った巨大な猛威を頭に思い描く。

「……駄目だ、もっと……。もっと強く……」

川という巨大過ぎる物ではイメージがまとまらなかった。
自然物を具現化するには、まだ真のイメージ力が足りていなかった。災害級の幻想を生み出すのは熟練した夢幻の民でも難しい。
一度浮かんだ大河のイメージを打ち消し、力を一点に凝縮していく。

凝縮、凝縮、凝縮。
真は何度もその言葉を頭の中で繰り返した。

そして、ふと子供の頃に実乃里と共に行った博物館で雪の結晶を見た記憶が蘇った。雪は一つとして同じ結晶がない。全てが異なる結晶となっている。その事実を知って、当時まだ幼かった真と実乃里は大変感心した物だった。

懐かしい想い出に一瞬微笑みを浮かべ、あの時に見た氷の結晶を強く心に思い描いた。分散していた霧のイメージは、たゆたう水という流体を経て、強固な氷の結晶に至る。

そして、新たな幻想が近衛真の手に納まった。

「――絶氷刃ペイルエッジッ!!」

絶対の死を与える氷刃。
氷の結晶をイメージした蒼き闇を宿した大剣。
悪夢を終わらせるために、悪夢さえ殺すことが出来る死の魔剣。

「これはこれは! 素晴らしい!」
「……メイアーハーツ、これならお前にも通じるはずだ!」

「えぇ! 私が保証しましょう! その死を孕む絶対の刃は私に通じるでしょう! その刃を受ければ私であっても大きなダメージを受けることは間違いございません! 夢幻の民であってもそこまでの幻想を生み出すのは至難でございましょう! 貴方の才能には脱帽いたします!
 ですが! 私がただの人間でしかない貴方の攻撃をまともに受けるとお思いですか? 貴方のその力! その才能は称賛に値します! この私を傷付けられるほどの幻想を生み出せる力は! まさに愛ゆえに! ですが! 貴方は所詮そこまででございます!」

「くっ……。だけど、僕達には退路はないんだ!」

真は地を蹴り、一直線にメイアーハーツに突っ込んだ。
絶対の死を与える刃が振るわれるが、真が刃を振るった時にはすでにメイアーハーツの姿は消えていた。いくら奇抜な行動が目立つメイアーハーツでもダメージを受けるとわかっている攻撃を受けるほど狂ってはいなかった。

「くそッ!!」

敵の姿を見失い、真は悔しげに叫んだ。
どれだけ強力な武器であっても、敵に命中させなければ全くの無意味だ。
せっかくメイアーハーツに通じる幻想を生み出せても、あの悪夢が本気を出せば人間の攻撃を食らうはずがなかった。それほどまでに絶望的な力差があった。

「近衛、上よッ!!」
「おやおや! 察しがいいですね!」

遥か上空にまで跳躍していたメイアーハーツはゆっくりと手を振り上げ、なにがしかの攻撃を仕掛けようとした。

しかし、その前にレオノーラの茨が伸びた。凄まじい数の茨が圧搾するようにメイアーハーツを捕えるが、メイアーハーツは全く意に介した様子はなかった。メイアーハーツは幾重にも重なった茨の檻を一瞬にして破り、悠然と地上を見下ろして微笑んだ。

その笑みは嘲笑ではない。嘲るほどに人間を評価してないメイアーハーツにとって、それは遊戯を楽しむような感覚でしかなかった。

悪夢の腕が断頭台のように振り下ろされると、ハリケーンのような破壊的な烈風が礼夢達に降り注いだ。

「ぐぅ……ッ!!」
「うわああああッ!!」

防御手段を持ち合わせいない礼夢と真は為す術なく激しい竜巻に呑み込まれた。凄まじい烈風に全身を切り刻まれ、血塗れになって地上に叩き落とされた。

夢幻界でなければ、幻想でなければ、覚醒者でなければ、確実に死んでいただろう。それだけに壮絶なダメージを受けて倒れる礼夢と真。

「近衛、真城ッ!!」

ピクリとも動かない礼夢達に向かってレオノーラが叫ぶ。
レオノーラは反射的に茨の防風壁を編み上げ、吹き飛ばされそうな自分の身体を茨で固定して、メイアーハーツの攻撃を防いでいた。さすがに自分の身を守るのが手一杯で礼夢や真を助ける余裕などなかった。

それに、彼女自身も全くダメージを受けていない訳ではなかった。破壊の風によって切り刻まれた茨の破片を幾つも受け、立ち上がれないほどの傷を負っていた。

「さぁさぁ! もっともっと私に愛の力を見せてください!」
「ち、近寄るな!」

レオノーラは後退りながら叫んだ。
舞台男優のように悠然と歩み寄るメイアーハーツを茨鞭で叩く。しかし、圧倒的な強さを誇るメイアーハーツには何の意味もないことは既に証明されていた。

悪夢は少女の抵抗を振り払い、真っ直ぐに近付いてくる。

「……こ、来ないでッ!!」

恐怖に喉を引き攣らせ、レオノーラは必死に叫んだ。
いくら強がっても、眼前の怪物を恐れずにはいられなかった。
どんな抵抗をしても絶対に抗うことの出来ない凶悪な存在。こんな化け物に恐れを抱かない人間などいない。まして彼女はつい先日まで戦う力さえ持っていなかった、ただの少女なのだ。ここまで心折れずに戦い抜けたこと自体がすでに称賛に値する。

レオノーラ・ロゼッタがこれまで戦えた理由、それは元の世界に帰りたいという絶対の意志によるものだった。

どうしても帰りたい。彼女にはその理由があった。
だから、膝が震えて、涙が出そうなほどに怯えていても、強がって前を向いて戦うことが出来た。そう、彼女はこれまでもずっと強がってきた。強がり続けてきたのだ。

「私は帰るのよ、元の世界にッ!!」

譲れない想いを叫び、全身全霊の力を込めた茨槍を放った。これまでの数に任せた攻撃ではなく、思いの丈を一点集中したレオノーラ最強の一撃だった。

絶対の意志は、夢幻界において絶対の力に変わる。
だが、その絶対の力でも届かないほどにメイアーハーツは強大だった。

レオノーラの想いを込めた茨槍がメイアーハーツの胸に突き刺さった。傷口をほんの小さく、本当に小さく抉る。この悪夢王の心臓を傷付けられたということは、常人を越える精神力の証明。だが、現状では何の解決にもならなかった。

メイアーハーツは少女の想いが込められた茨槍を掴み、それを口元に運んで一口で噛み砕いた。

「おぉ! 感じます! 貴方の強い愛を! 彼等とはまた違う愛の力! これはそう! 家族愛! 貴方の慈愛の心が強く私の心臓に届きます! 帰りたい! その気持ちが強くなればなるほどに家族愛に狂う!」

「黙りなさいッ!!」

レオノーラは否定するが、メイアーハーツの言葉は間違いではなかった。
家族愛。レオノーラが元の世界に戻りたいと強く願う理由は、大切な家族の元に帰りたいからだった。その想いがあるからこそ、悪夢の領域においても一歩退かずに戦えた。

レオノーラ・ロゼッタの家庭環境は少々複雑だった。
彼女の両親は共にイギリス人であったが、後に離婚し、当時二歳だったレオノーラは母と共に唯一の親戚を頼ることになった。幼子を連れたレオノーラの母の立場は悪く、親戚の男に召使のように扱われ、幼きレオノーラも酷い虐待を受けていた。

その親戚の男の元から離れたのは、レオノーラが十一歳の頃だった。
母譲りの美貌を受け継いで美しく育ったレオノーラに、親戚の男がついに醜い欲望を曝け出して性的暴行を働こうとした。しかし、偶然その現場を目にしたレオノーラの母が娘を守るために立ちはだかり、事故的に親戚の男を殺してしまった。

レオノーラの母は自ら出頭し、今はイギリスの刑務所に服役している。自首及び情状酌量の余地はあって減刑はされたのだが、実刑は免れなかった。

その後、レオノーラは両親の離婚以来、一度も会っていなかった父親の元に引き取られることになった。この当時のレオノーラは先の親戚の男の一件もあって、重度の男性不信になっていた。また、二歳の頃から一度も会いに来なかった父親に対する心証も悪かった。そして、何より父親が住んでいた場所が遠い異国の地であったことも不快だった。

何もかも嫌で自暴自棄になっていたレオノーラだったが、彼女の心を癒してくれたのは腹違いの妹だった。

最初はこの腹違いの妹が大嫌いだった。
離婚後、母は人間の屑のような親戚にボロ雑巾のように扱われ、果てはそんな最低な男を殺して人生が狂ってしまった。レオノーラ自身も辛い生活を強いられ、心に大きな傷を負ってしまった。

しかし、父は再婚して子供をもうけ、幸せな生活を築いていた。

この差は一体何だと言うのだろう。当時のレオノーラは理不尽な怒りに囚われ、ハラワタが煮え繰り返っていた。そもそも離婚のキッカケとなったのが、この妹の存在だった。父は愛人との間に子供を作ってしまい、それが元で離婚に至ったのだ。

許せるはずがなかった。
この妹の存在が、レオノーラ・ロゼッタの人生を狂わせた。

もし、この妹が何不自由もなく幸せを謳歌していたのなら、きっとレオノーラは彼女を殺していたかもしれない。だが、妹にも生まれながら大きな不幸を抱えていた。

レオノーラの腹違いの妹、天津乙女は生まれつき回復見込みのない難病を患っていた。

未だに治療法が確立されていない難病であり、乙女は生まれながら様々なハンデを背負っていた。生まれてからずっと病院生活を余儀なくされ、学校に通うことも出来ず、乙女は病院以外の世界を知らなかった。
そんな不幸な境遇ながらも、乙女はとても明るく人懐っこい少女だった。

複雑な事情のある腹違いの姉に何の疑いもなく懐いた。レオノーラは当初冷たく当っていた。親達がいない場所では口汚く罵ってしまったこともあった。だが、それでも乙女は純粋にレオノーラを姉として慕った。
いつしか、レオノーラはこの可愛い妹を憎むことが出来なくなっていた。
父は優しく、反発ばかりするレオノーラにも愛情を注いでくれた。再婚相手もレオノーラに複雑な感情を抱いているはずなのに親切に接してくれた。

生まれて初めて知った優しい家族の温もり。
レオノーラがそれを素直に受け入れるのには多大な時間が掛かった。しかし、幾年もの月日の流れの中で、父達に感じていた理不尽な怒りはいつしか消え去り、その無償の愛を受け入れていた。

今、側にいてくれる大切な家族。
そして、レオノーラを守るために罪を犯してしまった母。
家族の優しさと温もりに守れて生きてきた。自分には与えられていないと思った当たり前の幸せがずっと側にあったことを知り、レオノーラは誰よりも家族を好きになった。

だから、どれだけ強大な敵が立ちはだかろうと、レオノーラは絶対の意志で戦うことが出来たのだ。愛する家族の元に戻るために、礼夢や真にも負けないくらいの絶対の意志を生み出していた。

「会いたいですか? 家族に! ですが残念! 貴方達はここから絶対に出られない! 永遠にこの悪夢の檻に囚われ! 永遠に苦しみ続けるのでございます! 私は貴方達をここから出すつもりはございません!
 えぇ! 貴方達は皆! 素晴らしい愛をお持ちでございます! それゆえ! 私は貴方達を存分にお持て成ししましょう! その愛を! その愛を! 徹底的に蹂躙してやることこそが私のお持て成しでございます! それが愛です!」

「こ、この悪魔め……」

「いいえ! 悪夢でございます! えぇ! 私こそが悪夢の王! この世にあまねく悪夢達の頂点に立つ存在! 貴方達は悪夢に翻弄され! 弄ばれるだけの存在! さぁ、これからどんな苦悶のティータイムにしましょうか? ご希望があれば! 何なりと! 客人の愛と希望を踏み躙る! それが愛です!」

人の心を蹂躙する怪物の言葉に吐き気を感じた。
悪夢と人間では考え方の根本が違う。礼夢達を歓迎すると言ったメイアーハーツの真意は、礼夢達の愛を蹂躙すること。いや、この悪夢は初めからそのつもりで歓迎の言葉を口にしていたが、そこまで考え至ることが出来なかった。

絶対に理解し合えない存在、それが悪夢なのだ。
この悪夢を倒さなければ、元の世界に戻ることは絶対に出来ない。その事実を改めて痛感させられた。

「メイアーハーツッッ!!」

レオノーラは絶対の意志を込めて、もう手を伸ばせば届きそうな位置にいるメイアーハーツ目掛けて、茨槍の刺突を繰り返した。

元の世界に戻って、愛する家族に会いたい。
家族の温もりが大好きだから、あの場所に戻りたい。

レオノーラの想いが全て詰まった攻撃。しかし、絶大な力を持ったメイアーハーツには微かな傷を作ることが精一杯だった。この世の全ての生物の悪夢を内包するメイアーハーツには、たった一人の想いでは通じないのだ。

「クソォォォッ!! どうして、どうして通じないのよッ!!」
「それが人間の限界! さぁ! もっともっと絶望しなさい! その心地よい悲しみと苦しみこそが我が復活の晩餐に相応しいのでございます!」

恐ろしき悪夢の手がレオノーラの華奢の首を容赦なく掴んだ。
メイアーハーツにとって花を摘むように柔らかく掴んでいたのだが、ただの人間でしかないレオノーラにとって首の骨をへし折られるような強さだった。

一瞬で頭が真っ白になって、レオノーラはそのまま意識を失いそうになった。しかし、寸前のところで意識の緒を掴み取る。

「……め、メイィ、アァ……、ハァァ、ツ……」
「おや? 少々締め付けが強過ぎますか?」

「くっ……、わ……、私に触るな……」

レオノーラは抵抗しようと、もう一度茨槍を作り出す。しかし、眼前の信じがたい光景に少女の意識は凍りつき、幼き頃の悪夢が蘇った。

メイアーハーツの姿がいつしか死んだはずの親戚の男になっていた。

物心ついた頃から、レオノーラの恐怖の対象だった存在。大切な母を苦しめ続け、最後は醜い欲望を曝け出して幼き少女を犯そうとした最低の存在。今もレオノーラの脳裏に焼き付いている醜悪な悪夢そのもの。
彼がここにいるはずがない。彼はすでに死んだはずの人間であり、悪夢王の体内にいるはずもない。

「う、嘘……? 何で……?」
「お気に召しましたか? 貴方の悪夢そのものである男の姿は?」

親戚の男からメイアーハーツの声が聞こえた。メイアーハーツは、レオノーラにとって一番思い出したくなかった悪夢の姿を取ったのだ。

「い、嫌ァァァァァァッ!! 私に触らないでェェェッ!!」

喉の奥から恐怖の悲鳴が飛び出した。
忌まわしき記憶に存在する男に向けて十の槍が放たれる。
これまで全く通じなかった茨槍は易々と男の肉体を貫いた。何故攻撃が通じたのか、そんな疑問を浮かべる余地すらなかった。男の腕を斬り落とし、レオノーラは不格好に地面に尻餅をついた。

そして、顔を上げた瞬間、レオノーラは再び凍り付いた。

緩やかなウェーブの黒髪の少女。その華奢な身体は風が吹けば倒れてしまいそうで、長身で豊満なプロポーションを持つレオノーラとは対照的だった。薄いピンク色のパジャマは幸薄そうな少女によく似合っていたが、今は鮮血によって赤く染め上げられていた。

「……私を殺すの、お姉ちゃん……?」
「お、乙女……?」

親戚の男が消えた代わりに、腹違いの妹が十の槍に刺された状態で立っていた。

こんな場所に天津乙女がいるはずがない。そもそも乙女は自分の足で立つことも出来ない。これもメイアーハーツが乙女の姿をしているに過ぎない。

頭ではそう理解しても、目の前の悪夢はあまりに乙女に似過ぎていて、心は簡単に割り切ることは出来なかった。

「……そうだよね? お姉ちゃんは私のこと、嫌いだもんね?」
「ち、違……。それは、もう昔のことで……」

「私もお姉ちゃんのことが大嫌いなんだよ! お姉ちゃんは何不自由のない健康な身体を持っていて、私みたいに中途半端なハーフじゃなくて、病院の外の世界をたくさん知っている! ねぇ、お姉ちゃん? 病院の外では私は邪魔なだけなんでしょ? パパもママも本当は私なんていらなくて、代わりにお姉ちゃんを子供にしたんでしょ? お姉ちゃんがいるから、もう私なんていらないんでしょ? そうなんでしょ? 私の居場所を奪うお姉ちゃんなんて大嫌い! 初めて出会った瞬間から大嫌いだったの!」

「お、乙女……」

愛する妹の姿をした悪夢の言葉は、容赦なくレオノーラの心を切り裂いた。

今でこそ大好きと言える妹だったが、そう思えるまで多くの葛藤があり、幾度となく辛く当たっていた。故に、今でも大きな後ろめたさが残っており、乙女に嫌われているのではないかという不安が常に付きまとっていた。

だから、たとえ相手が乙女ではないとわかっていても、乙女の姿をしている者からそう言われるだけでレオノーラの心は深く切り付けられる。

そして、この夢幻界において心の状態がそのまま強さと変わる。
心が大きく揺らげば、それだけ弱くなってしまう。

元の世界に戻りたいという強い意志があったが故に力を保つことが出来たレオノーラだったが、妹の姿をした悪夢に心の弱みを突かれ、その力は大きく削がれた。心が弱くなってしまえば、夢幻界では強さを保てない。

「ふふふ……。ただの出鱈目と思わないでね、お姉ちゃん? ここはあまねく悪夢が集う場所。レオノーラ・ロゼッタの悪夢が存在したように、天津乙女の悪夢も存在しているの。今のは! 嘘偽りなく! 天津乙女の悪夢そのもの!」

「……や、止めて。乙女と同じ顔でそんなことを言わないで……」

「お姉ちゃんに対する羨望、憎悪、嫌悪、怨嗟、その全ては本物なんだよ? だって、本物の悪夢でなければ、メイアーハザードの中に存在しないのだから。理解した、お姉ちゃん? 理解したのなら、もう一度言ってあげる。
 ……私は! 貴方が! 大嫌い! 私の目の前から消えて! お姉ちゃん!」

「嫌アアアァァァァァァッ!!」

聞きたくない言葉の暴力を拒むように悲鳴を上げるレオノーラ。
いくら耳を塞いでも、いくら大きな悲鳴を上げようと、悪夢の声はまるでコールタールのように少女の耳に纏わりついた。残酷な言葉が刃となって、純真な少女の心をズタズタに引き裂いていく。

肉体的なダメージより精神的なダメージの方が、夢幻界では深刻だった。

「さぁ! さぁ! もっと苦しんで! お姉ちゃん! もっともっと! 甘美な悪夢を私に見せて! 愛ゆえの苦悩こそ! 愛ゆえの苦悩こそが……」

「止めろォォォッ!!」

蒼の一閃。
絶死の一撃が病弱な少女の姿をした悪夢を掠めた。
先の攻撃で完全に行動不能になっていたと思っていた近衛真が、瀕死の身体ながらも悪夢を震えさせる一撃を放った。

果てしなき蒼の魔剣だけは唯一、メイアーハーツに脅威と呼べるものだった。だからこそ、悪夢にとって唯一の娯楽、唯一の食事とも言える人間の苦痛を味わっている最中であっても回避しなければならなかった。

だが、それよりも真がまだ動けたことにメイアーハーツは驚愕していた。手加減をしていたとはいえ、完全に心を打ち砕く絶対的な攻撃で潰したはずだ。仮に動けたとして、もう一度メイアーハーツに刃を向ける気力が残っているなんて思ってもいなかった。

近衛真。
この少年ほど当初の予想を覆した者はいなかった。
メイアーハーツは悪夢王の体内で起きた全てのことを知覚していた。故に眼球……、彼等が白夜の世界と呼んでいたあの場所での戦いを全て知っていた。

ただの人間が二度にわたって武曽との攻防を凌ぎ切るという偉業。覚醒者となったところで、ただの人間では夢幻の民とは天と地ほどの力量差がある。本来なら、真はとっくに死んでいても不思議ではないはずだった。しかし、土壇場の覚醒によって武曽に手傷さえ負わせるほどまでに成長した。

そして、ついには悪夢王にとって脅威とも呼べる力を手にし、あれだけの力の差を見せつけてなお立ち向かおうとしている。

「…………」

メイアーハーツは本来の姿に戻り、常に浮かべていた薄ら笑いを止めた。
この時になって初めて、メイアーハーツは人間に対して敵意を持った。真達は悪夢の変化に気付き、より警戒心を高めた。

「先輩、大丈夫ですか?」
「こ、近衛……」

レオノーラは真の状態を見て、目を見張った。
真はすでに満身創痍だった。状態的に言うならば、レオノーラより真の方がよほど重傷だった。現実世界でなら、死んでいても不思議ではない状態。先のメイアーハーツの攻撃はそれほどまでに強力だった。

だが、それでも真はレオノーラを守るようにメイアーハーツに立ちはだかった。

その強く優しい真の背中は、かつて親戚の男から身を呈して守ってくれた母の姿と重なって見えた。少女は不覚にも胸を高鳴らせてしまった。

「すみません、助けが遅れて……。さっきの攻撃で大分遠くに飛ばされて、ダメージも酷くて少し意識が飛んでました」

「馬鹿……。そんな状態で助けに来たって何が出来るのよ……。私なんて放っておけばよかったのよ……」

レオノーラは溢れ出そうな涙をこらえながら、そう言った。
こんな生死の境にいる状況だと言うのに、心臓は恋の鼓動を激しく鳴らせていた。頬が紅潮して、先程までの絶望感など粉微塵になってしまった。

あの親戚の男に襲われた時以来、レオノーラは男性恐怖症になっていた。今では多少改善したが、それでも男性に触れられるのは未だに怖かった。彼女が常々「私に触るな」と言っている理由は、拒絶ではなく恐怖。

だから、これまでレオノーラが男性に対して恋慕の情を抱くことなどなかった。

この優しく強い背中を見るまで知らなかった感情。初めて胸に宿った想いに戸惑いを隠せなかった。だが、幸いなことに真は悪夢と対峙していて、真っ赤に染まるレオノーラの頬には気付いていなかった。

「……放っておけません! 僕は決めたんです、もう目の前で誰かを死なせないって! 実乃里を守れなかった時みたいに、何も出来ずに終わるなんて嫌なんです! だから、絶対に貴方を死なせない!」

「近衛……」

真はレオノーラを庇うように立ちはだかり、蒼き大剣を正眼に構えた。
死の象徴、絶氷刃ペイルエッジが悪夢に向けられる。

「…………」

メイアーハーツは未だに無言のままだった。
これまでなら必要以上に饒舌だったメイアーハーツにしては不気味だった。

悪夢は恐ろしく慎重に真の様子を窺っていた。その警戒は、ペイルエッジに対して向けているものではなかった。あの魔剣は確かにメイアーハーツにとって脅威だ。しかし、いくらでも防御手段はある点では、腐食の闇と大した違いはない。

メイアーハーツが問題視しているのは、絶氷刃ペイルエッジではない。
絶氷刃ペイルエッジを生み出すに至った近衛真という存在だった。

近衛真はただの覚醒者でありながら目覚ましい成長を見せた。夢幻の民である武曽に手傷を負わせ、メイアーハーツの脅威となる武器まで顕現化させた。真が更なる成長を見せれば、メイアーハーツを倒す可能性さえ捨て切れなかった。

危険だ、この少年は。
あらゆる可能性を憂慮した上でメイアーハーツはそう判断した。ならば、この少年を排除する以外にない。悪夢王の全ての力を以って。

「一緒に元の世界に戻りましょう、先輩! あの悪夢を倒して!」

真は大地を蹴る。
それは無謀な前進だ。
だが、彼が進むべき道は前にしかなかった。最愛の人を救うために振り絞った勇気だけが真の足を前に進める。恐怖をねじ伏せて、全ての力と想いを込めて立ち向かう。

メイアーハーツは悠然と立ち尽くしているように見えるが、必殺の意志が宿った瞳は獲物を真正面から見据えていた。人間の全速力など、この強大な悪夢にとってはスローモーション画像のようにしか見えない。

蒼き大剣が眼前まで迫り、ようやくメイアーハーツは動き出した。
悪夢はゆっくりと手刀を振るい、真の両腕を斬り飛ばした。

真にとって何が起きた知覚さえ出来なかっただろう。人間と悪夢ではスピードの次元が違い過ぎるのだ。彼が痛みを感じた時にはすでに、蒼き大剣ごと彼の両腕は宙高く舞っていた。

「なッ……!? うああああああッ!!」

両腕を斬られた真の悲鳴が響く。
メイアーハーツにとっては遅過ぎる叫びだった。悪夢にとって真の腕を斬ってから随分と時間が経っていた。

「こ、近衛ェェェッ!!」
「くっ……、こんなところで諦められるかッ!!」

真は自らの再生を夢想して、両腕と蒼き大剣を元の形に復元した。
ただの覚醒者では有り得ない現象だ。しかし、彼はすでに武曽が自らの身体を再生している場面を目撃し、夢幻界では自らの肉体を再生可能ということを知っていた。
だから、ここまではメイアーハーツの予想どおりだった。冷静に次の攻撃に備える。

「僕は……、僕は負けられないんだッ!!」

雄々しい決意を宿す真の瞳。
身を竦ませる恐怖をねじ伏せ、立ち向かってくる勇敢さは称賛に値する。

だが、メイアーハーツには一片の容赦もない。この少年の強さを最大限に評価し、充分な脅威として対処している。余計な遊びを止め、確実に真の力を削ぎ落としていく。

斬、斬、斬……。
悪魔の手刀は真の腕や足を斬り飛ばし、肩や腹を貫いていく。真が自らの身体を再生させていこうと、それを上回る速度によって破壊していく。
人間では悪夢を倒せない。その現実を徹底的にその身に刻みこんでいく。
その勇敢な心を打ち砕かなければ、たとえ粉々に消し飛ばしても真は倒せない。そこまで真を評価した上で徹底的に打ちのめしていく。

死闘と呼ぶには、あまりに一方的。
この人間と悪夢の戦いは惨劇と呼ばれる地獄だった。
壮絶な惨劇を目の当たりにした少女の泣き叫ぶ声が世界に響く。

赤き大地を更に朱に染める鮮血。少年の身体が零れる命の雫は、悪夢の血より熱く赤く煮え滾っていた。

「――メイアーハーツッッ!!」
「貴方は! ここで! 消えなさい!」

凄まじい閃光。
人間の瞳にはそれしか映らなかった。

メイアーハーツ最大の一撃が近衛真の魂を貫いた。光の鉄槌は膨大なエネルギーの奔流となって赤き大地を激しく揺らした。悪夢王の心臓が激しい動悸を起こすほどに強烈な一撃を放った。

無論、そんな一撃を受けて肉体を保てる人間などいるはずもなかった。
暴虐な衝撃が撒き散らす粉塵が消え去った後、メイアーハーツの眼前には肉片一つ転がっていなかった。ただそこには、荒涼とした赤き大地だけが広がっていた。

近衛真の肉体は完全に消滅した。

「嫌アアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

少女の悲鳴だけが悲しく木霊する。
その嘆きに答えてくれる者はもはや誰もいなかった。





To be continued




あとがき

長いですねw
メアの中で一番長いですね。

そして、真さん退場。
小夜子が情けない分、主人公っぽく頑張ったんですが、
ここでさようならです。さて、復活はあるんでしょうか?

それは、まぁ次回をお楽しみに。
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コメント

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No title
コメント羽桜 | URL | 2012-07-12-Thu 00:56 [編集]
<(゜ロ゜;)>ノォオオオオオ!!
近衛くんカッコいい!礼夢くん・・カッコいい場面(前は音緒ちゃんにも)色々とられまくってるけど大丈夫?!と思ったらぁああorz
近衛くん退場ですか;;おぅ、音緒ちゃんに続きショックだ・・><
二人とも実力があるからこそですけど・・今回も絵になるようなシーン多くて素敵でした(*´∇`*)
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2012-07-13-Fri 04:33 [編集]
羽桜さん、コメントありがとうございます。

クライマックス直前なので、バンバン退場者がががァ……。
それにしても、礼夢は割と活躍してな……www
いえいえ、次回辺り活躍しますよ。きっと。
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