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無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
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第二夜 異世界の現実
2011-11-08-Tue  CATEGORY: 小説:メアのゆりかご
・Prologue
・第一夜 白夜の世界



メアのゆりかご
第二夜 異世界の現実



校舎に向かう途中で近衛君が大まかな事情を説明してくれた。
まず、この世界の呼称は、便宜的に『白夜の世界』としているらしい。正確な名称は不明だが、呼び名がないのは不便ということで決めた名前だ。しかし、白く塗り潰された夜空は、本当の白夜よりも、その名に相応しいかもしれない。もっとも、本当の白夜には影の怪物など現れないだろうが。

実乃里達がこの白夜の世界で目覚めたのは、数時間前のことだったらしい。


彼女達を含め、私以外の生徒達は全員、体育館で目を覚ましたようだ。体育館には天井があって空が見えない。だから、最初は世界の異常に気付いてすらいなかった。しかし、皆が一様に折り重なって倒れていた姿は異様だった。

しかも、この世界の体育館内にいたのは生徒だけであり、教師の姿は一人としていなかった。何故か子供達だけがいる世界。だが、ここがネバーランドのように夢に満ちた場所でないのは確かだった。

何故、自分達は体育館で倒れていたのか。
何故、教師達が誰一人としていないのか。

誰もその疑問の答えを持ち合わせていなかった。この異世界に放り込まれる直前の記憶が全員になかったのだ。気付けば体育館にいて、気付けば大人達は消えていた。動揺や恐怖が広がっていき、体育館は一時騒然とした。それを鎮めるために生徒会長は壇上に上がり、ひとまず落ち着いてほしいと訴えた。

黒い影が彼等の前に現れたのは、その時だった。
しかし、その時はまだ私が見たような人間の形をしていなかったらしい。黒い球体というべき存在で、最初は誰もそれが危険な存在とは連想できなかった。
その黒い球体は生徒会長の背後から現れ、ふわふわと風船のように浮かび、突然弾けた風船ガムのように広がり、生徒会長を呑み込んだ。

生徒会長のくぐもった悲鳴と、骨が砕かれる音がマイクで拡張され、体育館中に響き渡った。あまりに突然で現実離れした光景だったため、それが生徒会長の死と結び付くのに数秒掛かった。

黒い球体は生徒会長を呑み込むと人の形となった。
人を食らうことによって、黒い影は人の形を得たのだ。

これは近衛君の推論らしいが、あの黒い影は人を食べることでその知識や情報を得て、進化している可能性がある、とのこと。彼等はその後、何度か黒い影に襲われたそうだが、新たに現れるたびに彼等が人間染みてきているように感じられたらしい。

……確かに、ムカつくくらいに人間染みていた。貞操の危機だったし。

とにかく最初に黒い影が現れた時の衝撃は相当なモノだった。いや、衝撃的だったのは、目の前で人を殺されたことが、だろうか。
どちらにせよ惨劇を前にして、悲鳴と怒号、混乱の大合唱が起きた。パニックとなった生徒達は我先にと体育館から逃げ出した。無論、数ヶ所しかない入口に数千人の生徒が殺到すれば、どんなことになるかは説明するまでもない。

幸い、実乃里と近衛君は入口のすぐ側にいたため、何とか入口が人間の栓で閉じられる前に脱出することが出来たそうだ。
その後はどこをどう走ったかも記憶にないそうだ。気付けば、どこかの教室に二人で逃げ延びることが出来た。そこでようやく空の異変に気付いたらしい。

二人は相当に幸運な部類だったようだ。
大半の生徒は体育館で黒い影達に貪り食われたそうだ。
しかし、体育館にいながら生き残れた者達もいた。それが実乃里のような不思議の力に目覚めた者達、『覚醒者(ウェイカー)』だった。

覚醒者。
それは幻想を具現化したような能力を手にした者達。

彼等の力は黒い影を退けるだけの強さがあった。一方的に殺されるのではなく、反撃も出来るとわかった生徒達は次第に希望を取り戻していった。

覚醒者は同じ力を持った者同士で協力し合い、幾つものグループを形成していた。実乃里達もそうしたグループの一つに加わり、今はこの世界から脱出する方法を探っていたらしい。

そして、その途中で私を見つけたようだ。

「……ねぇ、実乃里。今一つわからないんだけど、ウェイカーって何?」

覚醒者については本人から聞いた方がいいと思って、実乃里に尋ねてみたのだが……。

「さぁ?」
「さぁ、って……。もう少しないの?」

「だって、私もよくわかんないんだもん」

話を聞く相手を間違えた。やっぱり、近衛君に話を聞いた方がよかった。

「……近衛君」

「まぁ、実際よくわかってないのは本当だよ。この世界にいる人間の何割かが、実乃里みたいに不思議な力を使えるようになったんだ。
 覚醒者の能力は千差万別、本当にいろんな能力があるんだ。武器を生み出す者もいれば、魔法みたいな力を使う者もいる。実乃里はその両方が使えて、『電撃』と『武具形成』の二つが出来る。他にも特別な条件下でしか能力が使えない者とか、ちょっと形容しがたい能力を使う者だっている。ただ、共通しているのは、覚醒者となると運動能力が飛躍的に増すことかな」

「今の私が本気で走れば、もうほとんど目に映らないくらいに速いよ♪」

ピョンピョンと飛び跳ねながら、嬉々として言う実乃里。冗談にしか聞こえないが、多分本当のことなのだろう。

「……今の本当だから。実乃里のスピードは覚醒者の中でもトップクラスで……」

「……わかってる。どうして実乃里が言うと何かも冗談に聞こえるんだろ?」

私と近衛君はこの期に及んでも軽いノリの実乃里を見て、深々と、本当に深々と溜め息を吐いた。

「人の顔を見て仲良く溜め息吐くな! 何だよ、あんた等は!」
「……それで、近衛君、覚醒者になる条件みたいなのはないの?」

勝手に怒っている実乃里を無視して、私は近衛君に話の続きを促した。

「それも、わかっていない。ただ、奴等に追い詰められて極限状態になった時っていうのが一番多いパターンだね。実乃里もそうだった。今のグループに合流する前に一度黒い影に襲われて、……覚醒したんだ」

そう教えてくれた近衛君の顔は少しだけ物憂げだった。実乃里は覚醒者となり、近衛君は覚醒者になれなかった。そのことに対して感じ入ることがあるのだろう。

……好きな女の子に守られてばかりってのは、男の子として嫌なんだろうな……。

まぁ、覚醒者になれない以外にも不安な理由は幾つもあるだろう。いつ奴等が襲ってくるかわからない状況で戦う力がないのは不安極まりない。
私だって出来ることなら、覚醒者の力があってほしかった。そうすれば、もうあんな怖い目に遭わずに済むはずだ。

「じゃあ、さっき襲われた時に能力に目覚めなかった私は、覚醒者になる資質がないのかな?」

「……それはまだわからないよ。覚醒する条件だって、必ずしも奴等に襲われている時じゃないみたいだし。多分、まだ……」

近衛君は認めたくない現実を拒むように苦々しそうに言った。
きっと力が欲しくて仕方ないのは、私ではなく近衛君なのだろう。だからこそ、まだ覚醒者になれる希望を捨てたくないと思っているはずだ。
私は彼を元気付けるためにも、私自身もまた諦めないように、努めて明るくこう返した。

「うん、そうだね! まだ可能性はあるよね!」
「国崎……。そうだね、きっとまだ希望はあるよね」

私達はどこにあるかもわからない小さな希望を信じて微笑み合った。
近衛君とは実乃里を通して長い付き合いだったが、こんなに近衛君と気持ちが一緒になれたのはこれが初めてだった。嬉しくもあり、こそばゆい感覚だった。

「うがああああああッ!! 私を無視して二人仲良く話すなァァァッ!!」
「わふっ!?」

実乃里が背後から私の頭を潰すように飛び掛かってきた。勢いのあるアタックだったため思わずつんのめって、危うく床にディープキスをするところだった。
今はすでに校舎内に入り、床はリノリウムの廊下になっていたが、それでもキスをしたい相手だとは思わなかった。

こんにゃろ~……、と思ったが、近衛君を取られまいとする可愛い嫉妬なので許してやることにした。

「く、国崎、大丈夫!?」
「うん、大丈夫。問題なし」

「実乃里、君って奴は本当に突拍子もないことをするね。いい加減、その癖は治らないのかい?」

「ふん! それより、もうすぐ我等が秘密基地に到着するよ!」

実乃里は私の肩に両手を置くと、そこを支点にヒョイと宙返りをしてリノリウムの廊下に着地した。跳び箱みたいな扱いをされた私はグラッと体勢を崩し、また床にキスをしそうになった。さすがにこれにはイラッとした。

「コラ、実乃里!」
「小夜子のノロマ! 置いていっちゃうからね!」

廊下を駆けていく実乃里を追って、私も拳を固めて走り出した。やはり、あの小娘は一発殴っておかないといけない。

新校舎三階の廊下を駆けていき、突き当たりの特別教室に辿り着いた。
実乃里達のグループが拠点としていたのは視聴覚室だった。あの教室は普通の特別教室よりも広いので、今あるグループの中でも最大人数を誇る実乃里達のグループも全員が入ることが出来た。

グループの人数は確か、四十七人。そのうち覚醒者は三十一人。これだけの人数がいれば、また黒い影が現れても絶対に大丈夫だ。

ただ、そう漠然と思っていた。
だから、実乃里と一緒に教室に入った時、その現実をすぐに受け入れられなかった。

「な、なな……、何……、これ……?」

「……じょ、冗談でしょ? これじゃあ、何人やられたのかさえわからないじゃん……。っていうか、有り得ない……。こんなの、絶対に……」

私達の視界に飛び込んできたのは、一面の深紅色だった。
一体何が起こったのか思考が追い付かなかった。
これは何……?

突如停止した思考を再起動させ、今目の前に映る光景を理解しようと努めた。

視聴覚室の床、壁、天井、窓に至るまで赤いペンキのような物で塗りたくられていた。他の色など入り込む余地がないほどに、ただ深紅色に染め上げられていた。ペンキのような塗料の合間には、粘土のように張り付けられた赤い塊もあった。

あぁぁ……、こんなに赤い塗料は一体何なのか。
このむせ返るような生臭さは何によるものか。
考えろ……、この鮮烈な赤の正体は一体何なのか考えろ……。

いや、考えろ、ではない。認めろ、だ。初めから答えはわかっているのに、別の回答を求めて小難しい式に挑戦しようとしていた。数学的には、一足す一が二にしかならないのに、他の捻くれた回答を出そうと思考を巡らせていたのだ。

それは本当に愚かなことだった。私の苦手科目は数学なのに、どうしてそんな無駄な公式探しのような真似をしていたのだろうか。初めからわかっている答えを出すんだ。

これは、血だ……。
それも数人程度では済まない量だ。
実乃里達のグループが四十七人だそうだが、それでも足りるかわからない量だ。

撒き散らかった血の量に比べ、骨肉や臓物が極端に少ないのは簡単な理由だ。奴等は私達をバリバリムシャムシャと生きたまま食うのだ。

この血は全て奴等の食い残し。
これだけの量が……、特別教室の一面を完全に塗り潰せるくらいの量にかかわらず、これら全てが食い残しなのだ。

「う、うぅぅ……ッ!! ぐぅ……」

咄嗟に口元を押さえて、胃が引っ繰り返りそうな嘔吐感を堪えた。
目から涙は零れても、嘔吐だけは必死に抑えた。そして、私は生まれたての仔馬よりもブルブルと震える足で数歩を後退り、赤に染められていないリノリウムの床に尻餅をついた。嘔吐感は何とか抑えられ、両手を口元から離して大きく息を吐き出した。
そこまでが私の限界だった。もう完全に腰が抜けて立ち上がれそうになかった。

嘔吐を堪えられた理由は多分、この教室がほとんど血だけだったからだろう。赤いペンキで塗りたくられた部屋と思い込み、現実を否定すれば何とか堪えられた。

多分、残り物がもっと多かったら駄目だっただろう。
……ごめんなさい。今の発言は不謹慎だった。ここで殺された人達のことを思えば、そんな言い方はあんまりだろう。駄目だ、すっかり気が動転してまともな思考力が働かなかった。

「小夜子、大丈夫!?」

実乃里は私に駆け寄り、心配そうに私を見つめた。

「だ、大丈夫……。二人からいろいろ聞いて覚悟はしていたし、ここに来る途中だって、その……、血の跡はたくさんあったし……」

恐怖で体中が引き攣りながらも、私は何とかそう答えることが出来た。
敢えて目を背けていたが、校舎内には点々と血溜まりが出来ていた。
それはまるで雨が降った翌日に出来る水溜まりだった。この校舎に幾度となく降ったのだろう、惨劇という名の血の雨が。
それを見ていたからこそ、今この光景も耐えられたのかもしれない。

「馬鹿! 強がらなくてもいいんだよ!」

実乃里は私の視界を塞ぐように、私の頭を抱えて優しく撫でてくれた。

「……実乃里」
「大丈夫、小夜子は私が守るから! もう怖い思いはさせないよ!」

「……ありがとう、実乃里」

実乃里の励ましのお陰で少しだけ心が軽くなった。

「……引き返そう。どこか他のグループに合流するんだ。国崎、立てる?」

近衛君は視聴覚室の戸を閉じながらそう言った。
この視聴覚室で何があったのかは問うまでもない。黒い影達にやられたのだ。しかも、覚醒者が何十人もいたのにもかかわらず。

黒い影達は人間を食うことで進化している。覚醒者よりも強い奴が現れ始めたのだ。

そんな化け物と遭遇したら、私達の力ではどうにもならない。ここに居続けるのは危険極まりないだろう。
私は立ち上がろうと試みたが、やっぱり腰が抜けていたため立ち上がれなかった。

「ぅう……、駄目っぽい」
「じゃあ、仕方ないね。僕が背負っていくしかないか」

「なッ!? 真がッ!? あんたみたいな細腕じゃ無理に決まってるでしょ! 背負うなら私が……」

「唯一の戦力である実乃里の両手を塞ぐことなんて出来ないだろう」

ヤキモチモードの実乃里が顔を真っ赤にして主張したが、真剣な顔をした近衛君は極めて冷静にそう返した。

「うっ……、それはそうだけど……。むむぅ~……」

恨みがましい目で実乃里に睨まれたが、私にはどうしようもなかった。立てないものは立てない。

「ほら、国崎、おぶさって」
「えっと、ごめんね……」

近衛君には迷惑をかけて、ごめん。
実乃里には近衛君にこんなことさせて、ごめん。

私は近衛君の背中によじ登り、しっかりと捕まった。それを確認すると、近衛君はフラフラと心もとない足取りで立ち上がった。
……私と近衛君の名誉のために言っておくが、おんぶってのは結構大変なのだ。漫画や小説みたいに人を抱えたまま行動するのは辛いのだ。

……何が言いたいかというと、私は決して重くない。

「ぶぅぶぅ……」

「ほら、不貞腐れてないで行くよ。ここから一番近いところだと、職員室にいるグループかな。あそこも人数が多いところだし」
「ふん! じゃあ、行くよ!」

不機嫌そうに鼻を鳴らした実乃里は、私を背負っている近衛君のことを考慮せずに大股で歩き出した。それを近衛君は頼りない足取りで追った。……私は重くないから。

職員室は視聴覚室の真反対の位置あった。新校舎自体がかなりの広さだが、それほど歩くような距離ではなかった。

「ねぇ、近衛君。今、覚醒者の数はどれくらいなの?」

「う~ん、正確な数はわからないよ。今は幾つものグループが出来ているし、それぞれが別行動をしてたりもするしね。今生き残っているのが大体二百人足らず……、いや、もう百五十人を切っているかな。……その中で覚醒者はその中の六、七割くらいだよ」

「…………」

それを多いというべきか、少ないというべきか判断に迷った。
霞ヶ原高校はマンモス校だ。全校生徒の総数は三千人以上に上る。そして、今生き残っているのは推定でも百五十人以下。……えっと、だから今の人数は元々の何パーセントなんだっけ(約五パーセント)? とにかく九割以上の生徒が犠牲になっている。

犠牲者の数を考えるならば、この覚醒者の数は多いというべきなのか。それとも少ないというべきか。

「力が欲しい……。僕はいつも実乃里に守られてばかりで何も出来ない……」
「近衛君……」

彼の焦る気持ちはよく理解できた。
私達は何の力もない無力な人間だ。あの恐ろしい黒い影に抗う術もない。しかも、抗う力のある覚醒者であっても、勝てないような敵も現れ出していた。私達だけが置いてけぼりにされている。

いや、近衛君が焦っているのは、そういうことじゃない。
大切な女の子が一人矢面で戦っているのに、何も出来ないことが悔しくて仕方ないのだ。危機は次第に大きくなっているのに、守ることさえ出来ない自分が不甲斐ないのだ。

「奴等はどんどん強くなっている。実乃里だって危ないんだ」
「うん……。もどかしいね、何の力にもなれなくて……」
「守りたいんだ。大切な女の子一人くらい」

近衛君の視線が少し前を歩く実乃里に向かっているのはわかる。
だけど、彼がどんな表情をしているかは、私の位置から見えなかった。少し身を乗り出せば、彼がどんな表情を見えるかもしれないが、それは多分しない方がいいだろう。きっとその表情を見ていいのは、実乃里だけだ。

「……近衛君も男の子なんだね。でも、無茶しちゃ駄目だよ。近衛君が実乃里を守りたいって思うのと同じくらい、実乃里だって近衛君を守りたいって思ってるんだから。
 だから、生き残ろう? 生きて、また元の世界に戻って、いつもの生活に戻ろうよ」

「……ありがとう、国崎……」

近衛君は首を少しこちらに向けて、優しい笑顔を浮かべた。
こんな優しい人に守りたいと想われている実乃里は本当に幸せ者だな、と思う。

「あれっ……? 実乃里……?」
「…………」

先を歩いていた実乃里が職員室の扉を開けたままの状態で固まっていた。
何故……? と理由を考えかけたところで、先程の視聴覚室の惨状が脳裏を過ぎった。まさか、あれと同じことになっているのだろうか。
近衛君も同じ考えに至ったようで、駆け足で職員室に向かった。
しかし、そこには予想したような鮮烈な赤など一切なく、数人の生徒達がいるだけだった。ほっと安心したのも束の間、私はすぐに彼等の違和感に気付いた。

……眼球がないのだ。
眼窩の向こうには、深い深い闇が広がっていた。
私達はこの闇の正体を知っていた。この世界に巣食う黒い影の化け物だった。

ま、まさか殺した生徒の皮をかぶって……、人間に成り済ましているというのか……。人間をどれだけコケにすれば気が済むんだ、こいつ等は……。

殺された上に皮まで剥がれた、その名もなき生徒達のことを想うとハラワタが煮え繰り返った。多分、この時初めて私は黒い影に恐怖以外の感情を覚えた。

こんな奴等を許しておけない。

「ヤぁ、君タチも無事だッタのかイ……?」
「……ッ!?」

進化を続ける黒い影がついに喋り出した。
この化け物が紛れもなく進化していると知り、背筋が震え立った。

「助ケて……、怖い怖イ怪物に襲われルんダ……。一緒に逃ゲヨウ……? に、逃ゲよう……。一緒にィィ……」

「……ふ、ふざけんな!! 皮を被ったくらいで人間を気取るな!! 怪物はお前等のことだろうが!! 人間を馬鹿にするな!! 出ろ、黄金槍エクレールッ!!」

実乃里の怒りに呼応するように黄金槍エクレールが顕現する。
黄金の槍と共に迸る稲妻は周囲を徹底的に焼き払っていく。荒れ狂う嵐のような稲妻だったが、それは私達のいる場所を正確に避けていた。実乃里が稲妻の力を完全に制御している証拠だ。更に、実乃里が槍を振るうと、その全ての雷は三叉の穂先へと凝縮されていった。

収束した電撃はとても正視できないほどの眩さを放った。
実乃里がエクレールを突き出すと、鼓膜を震わす轟音と共に稲妻が人間の皮を被った化け物達を呑み込んでいった。

間近で見た実乃里の能力はまさに凄まじいの一言に尽きる。

徐々に雷光が消え、ようやく眩しさで麻痺していた視力が戻ってきた。そこには焼け焦げた職員室が映り、人間の皮を被った黒い影は跡形もなく……。

「う、嘘……?」

職員室の入口から半分は完全に焼け焦げていた。
しかし、もう半分はまるで何事もなかったかのように無事だった。人間の皮を被った黒い影達も健在だった。

一体何が起こったのか……?
その原因はおそらく先程までいなかった人物のせいなのだろう。
職員室の中心、入口からその人物の手前まで電撃によって室内が焼け焦げていたが、その人物より後ろは一切の変化なく以前の状態を保持していた。

ならば、その人物が何かしたと考えて間違いない。
そして、私達はその人物のことを知っていた。その人物は黒い影ではなく、私達がよく知る人物だったのだから。

「職員室で暴れるとは、相変わらず君の素行には困ったものだな、常盤?」

「……む、武曽……?」

私達のクラスの担任であり数学担当の教師、武曽。
武曽はまだ若く顔立ちのいい教師のため女子からの人気は高かった。しかし、私も実乃里もこの二枚目教師があまり好きではなかった。理由はわからないが、どうも生理的に受け付けなかった。

年齢は三十代半ば。痩身長躯で眉目秀麗、眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気を持っていた。常にシニカルな笑みを浮かべており、彼に心酔する女子達は素敵と持て囃していたが、私には嘲笑われているとしか感じられなかった。
今もそのキザったらしい笑みを浮かべているが、その瞳は肉食獣のように爛々と輝いていた。

「武曽先生、だろう?」

「……どうして、大人はこの世界にいないはずなのに……」
「いないはず? どうしてそんなことが言い切れるんだね、近衛?」

「そ、それは……」

言いようのしれない武曽のプレッシャーに思わず近衛君は口ごもった。
近衛君はあまり人のことを嫌うようなタイプではないので、特に武曽のことが嫌いとは聞いたことがなかった。しかし、今の武曽から発せられる不吉な気配に思わずたじろいでいるようだった。

「私達はこの世界を隈なく歩き回ったし、大人がいるという話は全く聞いてない! それなのに、あんたがここにいるのは変よ!」

近衛君に代わって実乃里がそう言い返した。

「それに……、どうしてそいつ等を守るような真似をしたの?」

そう、それが一番の疑問だった。
武曽は人間の皮を被った黒い影を守るように、私達に立ちはだかっていた。

あの黒い影達は人間の敵だ。人間を食らうことによって知性を増していく恐ろしい怪物だ。どうしてそれを庇うのか。それに、どうして武曽は黒い影に背を向けているにもかかわらず襲われていないのか。捨ておけない疑問は幾つもあった。

だからこそ、私達は武曽に対して底知れぬ恐怖を感じていた。

「生徒を守るのは、教師として当然の義務だろう?」
「ふざけんな! それが人間じゃないのは一目瞭然でしょうが! 大体、あんたみたいなクズがそんな真似する訳ないでしょ!」

クズとはいささか言い過ぎが、武曽はあくまで自分のことが至上であり、少なくても生徒のために身を張るようなタイプには見えなかった。

「やれやれ……。国崎と近衛も同じ意見かな?」
「「…………」」

私達は積極的にその言葉を否定はしなかった。
だから、それは無言の肯定だった。

「全く、毎日身を粉にして生徒達に尽くしているというのに、肝心の生徒達からは欠片ほどの信頼も得ていなかったとは……。全く全く、全く以って悲しいな……」

「はっ! 身を粉にしているのは、女子に粉かけるためじゃないの? 信頼がないのは当然だよ、この腐れ教師!」

「……実乃里、さっきから少し言い過ぎだから」

さすがに実乃里が暴言ばかり吐くので、保護者の近衛君が苦言を呈した。

「何だよ、もう!? 真、あんたはどっちの味方!?」
「実乃里の味方に決まってるだろう。だけど、今は武曽先生を挑発しない方がいい。とっくに無駄な気もするけど……」

「……ほう、覚醒者でもないのに察しがいいじゃないか、近衛」

悪意に歪んだ笑みが私達に向けられた。
その瞬間、胸に燻っていた疑問など吹き飛ばして理解させられた。この男は紛れもなく私達の敵だ、と。

武曽から発せられる邪悪な気配に、魂の底から震えが起こった。殺気というモノは多分こういうプレッシャーのことなのだろう。まだ何もされていないのに、全身を針で刺されたような痛みさえ感じられた。

「物分かりの悪い馬鹿に授業など無意味だ。地獄で悪魔達の補習を受けるといい」

武曽が軽く手をかざすと、黒い影達が私達に向かって襲い掛かってきた。
実乃里はエクレールを振るおうとして、……躊躇した。

仮にも人間の姿をした相手に武器を振るう迷いが生じたのだ。
今まで相手にしてきた連中は人の形こそしていたが、まるで人間とは思えない容姿だった。しかし、今襲ってきた奴等は人間の皮を被り、人間と同じ容姿をしていた。

覚醒者として不思議な力はあっても、実乃里はついこの間まで普通の生活をしていた一般人だ。人に向けて武器を振るう真似をしたことなんて……(いろいろ実乃里の素行を回送中)……まぁ本気で殺そうとしたことなんて一度もないはずだ。

エクレールは振るわず、電撃を広域に散らして迫ってくる黒い影達を焼き払った。

多少知能を付けたとはいえ、まだ実乃里の圧倒的な力の前に黒い影は無力だった。人の皮や毛髪が焦げる嫌な臭いと共に黒い影は消滅した。

「ふむ……。他の覚醒者とは別格の強さだな。こいつ等でかなりの数の覚醒者を殺せたのだがね……」

今の発言は武曽が黒い影達に関与していることを認めるものだった。
何故、どうして……? 武曽はどんな理由があって、黒い影を操っているのだろうか。しかし、最大の疑問は、どのようにして、だろう。彼の覚醒者としての力が、黒い影を生み出すことなのか。それとも、それとは全く別の力によって黒い影を操っているのだろうか。

白夜の世界にいることで不思議な能力に目覚めるようになった者がいるのは確かだが、そもそもこの世界が何なのかという根本的な疑問がある。

武曽は私達が知らない何かを知っているのだろうか。何故か、あの不敵な笑みには全てを見透かしているような気がした。

「武曽ッ!! あんたが……、あんたが黒い影を操ってみんなを殺したっての!? 私の友達を……、クラスメイトを……、見ず知らずのたくさんの生徒達を……ッ!? あんな……、あんな酷いことをしやがって、絶対に許さない!! どうして、こんな真似をしたの!?」

「愚か者に聞かせる話などない。黙って死に失せろ」
「……ぶ、ぶっ飛ばす!」

実乃里は黄金槍エクレールを逆手に持ちかえ、柄の方で武曽に殴り掛かった。
覚醒者のパワーとスピードで殴り掛かれば、たとえ柄でも過剰な殺傷能力がある。

駆けていく実乃里の背中を見て、私の不安は急速に高まった。しかし、それはこれから殴り飛ばされるであろう武曽の安否ではなかった。もっと別の何かが起きる気がして、咄嗟に実乃里を止めようと叫んだ

「実乃里、駄目!!」

しかし、その声は実乃里には届かなかった。
否、たとえ届いたとしても、頭に血が上った実乃里を止められるはずもなかった。
だから、その衝撃的な結末は必然だったのかもしれない。


「ぅあァ……、う、嘘……?」

「残念だが、これが現実だよ、常盤?」


実乃里の背中から噴き出す真っ赤な鮮血、そして、武曽の右腕。
それは私にとって眼前で初めて見せつけられた殺戮の瞬間だった。
私と近衛君はあまりの衝撃によって、目の前で起きた事実を受け入れられなかった。映像として脳に渡っていたが、それを事実として承認することを拒んでいた。

「殺すには惜しいが、仕方ないな」
「……ぁァ……」

グチュリっと耳障りな音を立てて、武曽は実乃里を貫いた自らの腕を引き抜いた。

宙吊りにされていた実乃里は人形のように受け身も取れずに床に落ちた。彼女の傷口から溢れる命の雫は止まらない。雫はやがて海となり、職員室の床を真っ赤に染め上げた。

実乃里はピクリとも動かなかった。
血の海はただただ広がっていく。人間にあれほどの血液が入っていたのかと思えるくらいに、たくさんの血が溢れていた。
どうして実乃里が動いてくれないのか。どうして出血が止まってくれないのか。

残酷な映像は次々と流れ込んできて、私も近衛君も拒み続けていた事実を受け入れざるを得なくなった。





To be continued




あとがき

いやー、メアのゆりかごは展開早いです。
いきなり異世界、惨劇の連続。ギャーって感じです。
実乃里さん、いきなり大変なことになりました。
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