作家志望の不定期ブログです。
無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ヘブンズ・ゲート ~精神の終焉~ [第8話]
2011-07-20-Wed  CATEGORY: 小説:ヘブンズ・ゲート
・[第0話]
・[第1話]
・[第2話]
・[第3話]
・[第4話]
・[第5話]
・[第6話]
・[第7話]



ヘブンズ・ゲート ~精神の終焉~


序盤は教本の如く。
チェスのオープニングは必ず定跡を沿う。
遥か悠久の時から練磨されてきた戦略戦術にはもはや非の打ちどころがない。幾千幾万幾億のプレイヤーが熟考してきた手以上に優れたものなど盤上には存在しない。
だから、どれだけ思考に明け暮れて始めた最善手であっても、それは誰かがすでに試した定跡の一つと重なってしまう。

プレイヤーの真価が発揮されるのはミドルゲームからだ。
中盤は魔術師の如く。

広域に展開された駒達が各々に死闘を繰り広げ、互いに数を減らしていく。中盤は戦力的な優位性、位置的な優位性を考慮しつつ、時には愚者の如く攻め、時に勇敢な撤退をする。来るべきラストゲームに備え、自らの優位性を保持したまま戦う。

だが、それはプレイヤーたる王達の思考。
駒である者達はただこの瞬間、自らの全てを出し尽くして戦うのみ。そして、ほとんどの駒はミドルゲームにて命を散らす。











自分の命を顧みずに戦うなど馬鹿げている。
あくまで優先すべき命は、自分の命であるべきだ。

それは佐渡逸樹にとって決して揺るがない法律。たとえ、命懸けで大切な人を助けに行く時であっても、一分一秒を惜しむような展開であっても、絶対に変更は出来ない。今、こうして生かされている自分の命を無意味にしないためにも、自分の命を最優先で守る。
逸樹の友人に自分の命さえ顧みないタイプがいるのだが、その友人を見ていると自分の命を捨てる行為の愚かさがよくわかる。あれは己の血肉を切り売りするような狂気的な行為に近い。命と心を持つ者が、あのようになるべきではない。

だから、これは逸樹にとって命懸けという行為に当たらないらしい。

「うおおぉぉぉッ!! それで僕を殺せるつもりか!?」
「一体何なんだ、アレは……!?」

開発放棄地区の廃ビル、ベイバロン・ビルから地上の地獄の様子を窺っていた伊崎誠は驚愕していた。目の前の光景が信じられず、何度も目を擦って確かめる。だが、その有り得ない光景は現実だった。

この地獄でもっとも危険な砦に単身で乗り込んできた愚者がいた。
銃で武装した集団に対して、何の武器も持たず現れた愚者。
無謀な愚者は銃弾の雨を受けて肉屑になると思われたが、逆に肉屑になっていくのは圧倒的に優位だったディアボロの軍勢だった。

愚者は、一騎当千の修羅だった。

巨大な瓦礫を抱えて銃弾を防ぐ盾にするかと思えば、それを放り投げて荒くれ者達を躊躇なく押し潰した。砕けた石は投げれば、銃弾を超える凶器となり、人間でもっとも硬いはずの頭部を易々粉砕した。修羅は行く手を遮る全ての敵を皆殺しにしていき、真っ直ぐにベイバロン・ビルを目指していた。

その圧倒的な強さを前にして、喧嘩自慢の不良達も恐れ慄いた。
この修羅は人を殺すことを一切躊躇しない。まるで虫けらを踏み潰していくかのように人間の命を奪っていく。
命の尊厳を平然と踏み躙っていく修羅を前にして、ディアボロの軍勢は散り散りになって逃げていった。所詮、刹那的に破壊を享楽するだけのジャンキー達では、一騎当千の修羅に立ち向かえるはずではなかった。逃げるのは当然、誰も挑むことはしなくなった。

だが、修羅は逃げようとする臆病者に対しても容赦はなかった。疾風のような俊足で追い詰めて逃亡者の首をへし折り、投石は百発百中で人間の頭蓋を砕いた。

「はっははははッ!! 最初の威勢はどうした、人間共ッ!! ここはテメェ等が望んだ地獄なんだろう!? テメェの欲望のまま暴れ回れる地獄なんだろう!? だったら逃げずに挑んで来い!! 僕はまだ殺し足りないぞッ!!」

一匹の修羅、佐渡逸樹は人ならざる怪物の雄叫びをあげた。
修羅の行く道は、鮮血と肉屑で彩られていく。
地獄は鬼がいるからこそ地獄と足り得る。

まさに今この瞬間にこそ現世に地獄が再現された。平和《リアル》は終焉を告げ、地獄《ファンタジー》の喜劇の幕が開いた。たった一人の修羅の手によって。街中にばら撒かれた麻薬や銃など全て余興。真の地獄とは悪鬼羅刹の所業によって生み出されるのだ。


「こ、こんな化け物が来るなんて聞いてないぞ……」


ベイバロン・ビルの最上階から地上を覗く伊崎は震える声で呟いた。
伊崎誠にとって、風城市を破壊し尽くすことはただの遊び、少し刺激的なゲームのつもりだった。実家である極道の目を欺いてブラッドを売り捌いて一儲けすることも、大量の銃を仲間達に渡して大暴れすることも、刺激的な遊びのつもりだった。

ブラッドで気が大きくなっていた子供の遊戯。
馬鹿な大人に一杯食わしてやりたかっただけの幼稚なゲーム。

失敗したところで伊崎には命の危険なんてなかった。警察に捕まって刑務所に放り込まれるだけのこと。この町を取り仕切る六代目城山組の後ろ盾があれば、そもそも捕まる可能性も少なかった。

「畜生……。な、何なんだよ、あいつは……」

自分の命が脅かされるなんて微塵も考えていなかった。
ブラッドを手にし、銃を手にし、弱者を一方的に踏み躙る立場にいた伊崎が、自分が殺される側に回るなどというネガティブな発想をするはずもなかった。

常に一方的に破壊する。その立場でいられると思っていたからこそ、これだけの凶行が出来た。ブラッドで多少気が大きくなっていたことも原因だったが、それでも凶行を始めたのは伊崎誠という人間の愚かさ。

「テメェ等は一人たりとも生きて帰さねぇぞッ!! 真由美に一瞬でも恐怖を与えたテメェ等を僕は許さないッ!!」

修羅は虐殺を繰り返しながら、ついにベイバロン・ビルまで到達した。
地上の地獄はひとまず静まったが、ベイバロン・ビルに留まっている伊崎にとって、この静寂は嵐の前の静けさでしかなかった。

「ま、真由美……?」

逸樹の言葉を聞き、伊崎は大量の銃と一緒に預かっていたモノを思い出した。

「あの馬鹿……、私なんかを助けに来ている場合じゃないくせに……」
「柊木真由美……。そうか、奴の目的はこいつか……」

伊崎は預かり物に目を向ける。
大量の爆薬が仕込まれた椅子に括りつけられた裸体の少女。
監禁された少女、柊木真由美は伊崎の視線に気付くと、射殺すような鋭い視線を送ってきた。

真由美が縛られている爆弾椅子の仕掛けはシンプルだ。彼女の拘束が一つでも解ければ爆発する。そして、この爆弾椅子の爆発力は、このベイバロン・ビルを跡形もなく吹き飛ばすほどの威力があった。当然、座っている者は助からない。骨の欠片すら残らないだろう。

爆発で一番恐ろしいのは、爆発の際に発生する熱エネルギーではない。爆発の際に生じるガスの膨張だった。爆弾が爆発すると気体の膨張速度は音速を超え、衝撃波となって周囲を吹き飛ばす。爆発熱というのは、ガス膨張による衝撃波の後に来るオマケのようなものだ。
ビル一つを吹き飛ばす爆弾が間近で爆発すれば、まず急速膨張したガスによって人間の身体は跡形もなく消し飛ぶ。衝撃波によって粉砕された破片などが更に周囲を破壊していく。最後に発生した熱量が全てを容赦なく焼き尽くしていく。

これが現代兵器の恐ろしさ。どんな人間であっても耐えられないような破壊力を持っている。

「残念だったわね、伊崎。もう少しで私を犯せたのに」
「このクソアマ! 男が来た途端、急に威勢を取り戻しやがって!」

真由美の服を脱がしたのは伊崎だった。
拘束されて動けない真由美を強姦しようとした寸前、鬼の咆哮に驚いて思い留まったのだ。

伊崎も最初は爆弾椅子に括り付けた女に手を出そうとは思わなかった。一歩間違えれば、犯している途中でドカンとなってしまうからだ。だから、これまで真由美は誰にも手を出されずに済んでいた。
しかし、風城市を地獄に変えてから数時間。暇を持て余した伊崎がブラッドをキメて気を大きくし、ついに真由美に手を出したのだ。

「私の相手をしている暇があるなら早く逃げた方がいいわよ、伊崎。あの馬鹿は私の言うことなんて何一つ聞かないんだから、私が止めても絶対にあんたを殺すわよ。あいつは……、あいつには人間の心なんて無いんだから!」

「……あぁ、そうだね。僕は一匹の鬼、生粋の人殺し、生まれながらの殺戮者だ。人間じゃないんだから、人間の心なんてある訳がない」

「て、てめぇ……!? いつの間に……!?」

つい先程ベイバロン・ビルに入ったばかりの逸樹が、数分もしないうちに最上階の真由美の監禁場所まで辿り着いていた。

「ほら、泥棒って箪笥を上から開けるじゃん? あれと同じ感じ? どうせ悪党なんて一番高いところで踏ん反り返っているのが相場だし。予想どおりだにゃ~」

いつもの調子のへらへら笑い。
返り血で全身血染めになり、幾つも肉片を付着させているというのに、佐渡逸樹はいつもと全く変わらぬ調子だった。逸樹にとって殺戮は日常の延長でしかない。だから、どれだけ血塗れなっても普段と何も変わらなかった。

「く、クソがァ!!」

伊崎は慌てて懐が銃を取り出し、逸樹に狙いを定めようとした。しかし、その時すでに逸樹は駆け出しており、悪鬼羅刹の表情で伊崎に迫っていた。

目の前に迫る怪物を前に恐怖した伊崎は、まともに照準をつけずに銃を乱射した。いかに近距離とはいえ、乱雑な弾道では簡単に当たらない。銃弾の直径は一センチもないのだ。僅か数メートルでも狙いを定めなければ当たらないのが銃という武器だった。

だが、だとしても音速を超える銃弾を避けながら接近する逸樹の神経は異常と言える。逸樹はあたかも弾道が見えているかのように容易く銃弾を避け、片手で伊崎の銃を掴み取った。

そして、伊崎が銃を握ったままグルッと捻る。
捻られた銃の回転に巻き込まれて、伊崎の手首の骨は容易く粉砕された。

「んぎゃああああああッ!!」

伊崎は手首の骨を折られた痛みと、眼前に修羅が迫った恐怖によって絶叫した。折れた手首を押さえ、逸樹に土下座をするような形で蹲った。

逸樹は泣き喚く伊崎を無視して、爆弾椅子に裸で拘束されている真由美の元に歩み寄った。

「まゆみん、せくすぃー♪」

裸に剥かれていた真由美をスケベな表情で眺めながら、逸樹はいつも軽薄な調子で言った。その格好が血染め肉片塗れでなければ、実に滑稽な光景だろう。だが、今のふざけた逸樹の様子は、ある種の不気味さを感じさせる。

「……み、見るな、馬鹿!! っていうか、助けに来て最初に言うことがそれ!? なんか、もっと他にないの!?」

「じゃあ、目を閉じててくれる?」
「目を閉じるのはあんたでしょ! 見るな、馬鹿!」

「いいから閉じろ。スプラッタ趣味はないだろう、君は?」

時さえ凍てつかせる冷酷な声。
否が応でも、これから逸樹が何をしようとするか理解させられる。
逸樹はいつもの軽薄な調子で誤魔化しているが、その腹の中は地獄の釜よりも熱く煮え滾っていた。乱雑に引き千切られた真由美の衣服、目尻に涙の痕が残る真由美の表情。それらを見た時の逸樹の憤怒は筆舌しがたかった。

その殺意の激昂を押さえているのは、真由美に対するささやかな配慮。無垢な瞳に惨劇を映したくないという小さな優しさ。

「い、逸樹……。止めて!!」

「止めないし、見せたくない。君は優しい子だから、こんなゲスの死にまで心を痛める。そんな必要なんてないのに、どうして君みたいな殺した方がいいような連中の死まで悲しむんだい?」

「ひぃぃ……、あぁ……、た、助けてくれ……」

逃亡しようとする伊崎に、逸樹は先程奪った銃で足を射撃した。
足を撃ち抜かれた伊崎はそのまま痛みで転倒し、更に騒がしく泣き喚いた。

「痛ぇぇぇッ!! 痛ぇよッ!! ぐああぁぁぁッ!?」
「五月蠅いな、全く」

泣き喚く伊崎に対して辛辣な一言をぶつける逸樹。
そんな逸樹を見て、真由美は怒りを沸騰させて叫んだ。

「どうして、どうしてあんたはそんな平然と人を傷付けられるの!? 心が痛まないの!? 誰かの苦しみを理解できないの!?」

「……それが僕の性さ。でも、僕って結構Mだから、こういう風に罵られるの、嫌いじゃない」

「な、何言ってるのよ、こんな時まで! 本当にあんたって奴は……」

「……この世には、どうしようもない悪党ってのがいるんだよ。殺した方が世のためみたいな……、僕みたいな鬼畜がね……」

「殺した方がいい人なんていない! この世界には誰一人として殺していい人なんていない! あの伊崎って奴だって殺されていい奴じゃないし、逸樹だって死んでいい人じゃない! 何で、何で誰かを殺そうとするの!? 殺すことで終わらそうとするの!! もっと、もっと他の解決法があるんじゃないの!!」

「……有り触れたつまらない台詞だね。自分が犯されそうになったって言うのに、まだそんな戯言をほざけるなんて、ある意味驚きだよ」

真由美を小馬鹿にしたように嘲笑う逸樹。
だが、逸樹は真由美のそういう純粋さが好きだった。
救いようのない悪党であると自覚している逸樹だからこそ、真由美の純粋さが眩しくて仕方なかった。弱くて儚くて、すぐに誰かに穢されそうになるくせに、それでも輝きを失わない純粋さ。

逸樹には生まれながら持ち合わせていない心の美しさ。彼自身の中にないモノだからこそ強く惹かれる。

「目を閉じるんだ、真由美。君の瞳に惨劇を映したくはない」
「だったら、殺すのを止めなさいよ!!」

「残念、それは出来ない。僕の煮え繰り返ったハラワタは、あのゲス野郎の断末魔でしか鎮められない。……僕はね、やっぱり鬼なんだよ。この性は止められない。
 目を閉じないなら、仕方ない。出来れば、これ以上君に幻滅されるのは嫌だったんだけどね……」

真由美の制止を聞かず、逸樹は指の骨を鳴らしながら這いつくばる伊崎に向かって歩み寄っていく。

言葉では逸樹を止められない。彼には揺るがない意志があり、その身は血に飢えた修羅だった。根本的な思考、価値観が違う。パラダイムの違いは、いかなる論理さえ受け付けない。

「た、助けてくれ……! こ、殺さないでくれ! 頼む、止めてくれ止めてくれ!! ほ、ほ、ほんの出来心だったんだ! あんたの女に手を出そうとしたのは俺じゃない! 俺じゃない! だから、殺さないでくれ! 頼む……、頼む! 殺さないでくれ!」

「止めて、逸樹!! 止めなさい!!」

「…………」

拘束されている真由美には、ただ声を張り上げるしかない。
それが無駄だと知りつつ足掻くのは人間。だが、人間の言葉では鬼には届かない。鬼を止めるには、古来より力で叩き伏せるしかなかった。
論理が通じぬ相手には、拳と武器によって捩じ伏せるしかない。力こそ種族を超えた全てを支配するもの。

だが、この場の力の頂点に君臨する佐渡逸樹を止める術はない。
鬼の拳は緩やかに振り上げられた。










ガチャという鍵の開く音で目を覚めた。
夢幻の闇に沈んでいた意識が少しだけ現実の境界へと浮上するだが、俺の意識はまだ朦朧としていて夢うつつだった。今の状態は気だるい倦怠感というレベルではない。インクが枯渇したペンで書いた最期の一字のように、擦れ切った惨めな意識の残りカス。

今の俺の病状を考えれば、これまでまともに動けた方が奇跡的だった。この街を焼き尽くしてやるという目的を達成してしまったせいか、緊張の糸が途切れて身体が対に悲鳴をあげたのだろう。

バベル・タワーの自室ベランダにある安楽椅子に座ったまま眠っていた俺は、視線だけを動かして眼下の街並みを見つめた。火の手は意識が途切れる以前よりも回っている。開発放棄地区に目を向けると、まだ花火は上がっていないようだ。

では、来客は佐渡逸樹だろうか。いや、それはない。

「……誰だ、佐渡逸樹ではないだろう……?」
「……何故、佐渡君ではないと思ったんですか……?」

意外な来客だ。
全く、運命の神とやら嫌がらせが好きだな。

「そんなこともわからないから、女は愚かなんだ」
「是非とも教えてください、東雲先輩」

「……女を助けに行かぬ男などいない。男とは世界で一番愚かな存在だからな……」

俺は視線を眼下の地獄から、部屋に不法侵入してきた女に向けた。
どうやら俺は随分と天国に近付いているらしい。薄汚く腰を振るだけしか能のない女なんて生き物を、一瞬でも天使と見間違えてしまった。

全く、最期に一番会いたくない奴と面を合わせるとは、俺の人生はことごとくクソったれだ。


「そんな嫌そうな顔をされると傷付きます」
「……お前とだけは会いたくなかったんだよ、凪」


凪桜、こいつにだけは無様な格好を見せたくなかった。
全くどうして目を覚ましてしまったんだ、俺は……。とっとと死んでいれば、こんな面倒なことにならずに済んだってのに……。


「……佐渡逸樹が妙に俺のことを詳しいと思っていたが、お前が情報を流していたんだな?」

俺は出来得る限り慎重に行動をしていた。俺自身が行動を起こしても、証拠はほとんど抹消した。それにもかかわらず、俺に辿り着いたということは何かミスを犯したということだ。
俺のミス、それは凪桜に近付き過ぎたということ。こいつが敵側にいるという可能性、また俺自身が不用意に外出してしまうなど、幾つか俺の目的にマイナスとなる行為があった。

「正確には佐渡君ではなく、白の王に報告していました。このゲーム期間中に近付いてくる人間のことは全て調査して報告するように、と言われてたので。……東雲先輩のことを調べるのは骨が折れました」

ということは、凪は結構前から俺の素性を知っていたのか。不愉快極まりない事実だな。

「……随分と従順に働くじゃないか」
「私は白の王の駒ですから」

「……駒か。お前はそいつに惚れているのか?」

「いえ、私はそういう趣味はないので、同性に対してそういう感情は抱きませんよ」

凪の発言から察するに白の王は女ということか。それは少々予想外だった。というより、それだと白の女王じゃないか。まぁ、俺は元々ゲームとやらに興味はないから、細かいことはどうでもいいんだが。

「……それで、凪、お前は何しに来たんだ? 白の王の駒として俺を始末しに来たのか?」

「今更、東雲先輩を殺したところで何の意味もありません」

「……そうだな、放っておいても俺は間もなく死ぬ……。さしずめ役割を終えたアイソレテッド・ポーンってところか。今、お前が俺を見逃したところで、俺から夢も希望も全てを奪った病気に殺される。俺という駒はここで終わる……」

「東雲先輩……。どうして麻薬なんかに手を出したんですか……?」

麻薬に手を出す理由か……。
俺のように自分から麻薬を始める者というのは意外と少ない。
そもそも麻薬は所持するだけで罰せられる非合法な物だ。始めようと思って簡単に始められるものでもない。

始めるキッカケの多くは、知人や遊び仲間から誘われる、というケースが圧倒的に多い。特に女性の場合は、ほとんど男絡みで始めるらしく、自発的に麻薬に手を出す者はほとんどいない。甘い言葉に騙されて始めるというケースもある。

始まりなんて軽い気持ちだ。
そして、その結果は破滅にしか繋がらない。
すでに破滅が決まっていた俺にとって、結末なんてどうでもよかった。この地獄の苦痛が少しでも紛れるならば、たとえ麻薬だろうと何でもよかった。

いや、違うか……。
絶望していた俺に手を差し伸べてくれたのが麻薬だけだった。
麻薬以外に縋る物なんてなかった。地獄にいる者は一本の雲の糸にだって縋る。それが救いとならないとわかっていても、手を伸ばさずにいられない。

「……お前には理解できんよ。お前みたいに眩しい存在には、俺のような薄暗い闇の中でしか生きられない者の価値観は理解できない」

「東雲先輩……」

寂しげに呟く凪の声が耳障りだった。
だから、最期にこいつとだけは会いたくなかった。










爆ぜるように鮮血が飛び散った。しかし、鬼の拳が命乞いをする人間の頭蓋を砕いた訳ではなかった。

逆に手傷を負っていたのは、鬼の方だった。
この場の誰もが傷付けられなかった鬼を退けるほどの一撃。
一体誰がそんな真似を出来るというのか。少なくても、裸で爆弾椅子に拘束されている真由美や、今まさに殺されようとしていた伊崎には不可能だった。彼等は所詮人間。鬼を傷付ける力はなかった。

鬼を殺せる者がいたとしたら、それは鬼と同等の力を持った者でなければ不可能だ。

鬼と同格の存在。すなわち、それは悪魔だった。


「獲物を仕留める時こそもっとも隙が大きくなる。油断は大敵だぞ、鬼の子よ?」

「クソ悪魔ァ……」


虐殺の修羅に相対するのは、破滅の悪魔。
全ての魔術師の導き手であり、オリオン座に逆さ吊りにされた悪魔。
その悪魔の名は、偉大なる災禍の王に仕える従者、黒澤拓摩。

黒澤は右手に滴る鮮血を高級そうなハンカチで拭い、左肩の傷口を押さえる逸樹を見下ろしていた。そして、逸樹に歩み寄る過程で地面に這いつくばっていた伊崎の頭蓋を踏み砕いた。
豚の鳴き声のような悲鳴と共に血溜まりの池が出来上がる。黒澤はピチャピチャと血の池を渡り、逸樹の目の前まで近付いた。

「東雲正義は予想以上の働きをしてくれた。お前に決定的な隙を生む状況を作り上げたのだからな」

「……あいつ、やっぱり先に殺しておけばよかった」

「だが、お前が先に東雲正義を殺しにいっていれば、柊木真由美が伊崎誠の慰み者になっていたと思うが?」

「じゃあ、行かなくてよかった」

逸樹はヘラっと笑いながらも、まるで獲物を狙う肉食獣のような眼光で黒澤を睨み付けていた。いかに逸樹であっても、黒崎は決して油断出来る相手ではなかった。一瞬の隙さえ見せられなかった。
だから、逸樹は視線を黒澤から外さないまま、背後にいる人物に対して声を掛けた。

「で、一つ聞きたいんだけど、どうして君がそっち側にいるんだい、岸辺藍さん?」

「一から理由を説明しないとわからないかしら?」
「あ、藍先輩……」

岸辺藍は煌めく凶器を真由美の首元に突き付けながら、酷薄に微笑んでいた。

真由美はこのスポーティな美人のことはよく見知っていた。彼女と真由美の姉は親友だったので、幼い頃から面倒を見てもらっていた。姉がのんびり屋なので、姉以上に頼れる人物として慕っていた。
だから、岸辺藍に恐ろしい凶器を突き付けられている理由が全くわからなかった。

「……白の王を裏切ったのかい?」

逸樹は振り返らずに藍に尋ねた。その問いはどこか嘲笑を含んでいるようで、藍は少しだけ憤りのような感情を見せた。

「裏切った、ね……。それは語弊がある言い方よ、逸樹。私は最初から黒の王の駒だったの。このゲームが始まるずっと以前から、私はあの方の奴隷だった」

「黒の王に命じられて、白の王の近辺にいたのかい?」
「むしろ、白の王の側にいたから目を付けられたんでしょうね」

「にゃるほどね~」

おおよその事情を察した逸樹は小さく笑った。
眼前には最強の敵が待ち構え、背後には人質を取った裏切り者がいる。
まさに前門の虎、後門の狼。この故事には続きがあり、虎も狼を退けても、竜の住む穴に入り込むことになる。仮に黒澤と藍を倒せたとしても、逸樹にとって由々しき問題は残る。

真由美が拘束されている爆弾椅子だ。
この強敵達と戦いながら真由美を守り、なおかつ爆弾椅子を爆発させないようにしなければいけない。黒澤達は王のためなら逸樹と心中することも厭わないだろう。

逸樹の制限はあまりに多く、厳し過ぎた。この状況を切り抜けて生き残るのは至難の業だ。いや、不可能といってもいいかもしれない。

「さぁ、これで終わりだ、佐渡逸樹」

「馬鹿を言うなよ。僕に終わりなんてない。僕を殺せる奴は、この世にたった一人しかいないんだよ!」










終末医療というものを知っているだろうか。
死神に選ばれて余命僅かとなった者達の心を癒すための医療。
無理な延命措置を行なわず、身体的苦痛や精神的苦痛を和らげ、安らかな最期を迎えられるような看護を行なう。その患者の人生がよりよく終われるようにするために終末駅へと導くターミナルケア。

良き死を迎えるための医療……。
……死を、受け入れて……。

ふざけんなッ!!
誰が素直に死を受け入れられるかッ!!

誰だって死にたくないんだ。いきなり余命を突き付けられて、生き甲斐だった全てを奪われて、絶望して自暴自棄になって何が悪い。穏やかな死を得るために、山奥の病院に引きこもっていろというのか。

冗談じゃない。誰がそんな腐った終焉を望むか。

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

諦めて死を受け入れて、安らかな終わりを迎えろっていうのか?
そんなクソったれなエンディングは絶対御免だ。

俺は……、俺は一体何のために生まれたんだ……?
夢も希望も失って惨めに死んでいくために生まれたんじゃない。ただ、普通に生きたかったのに、それさえ許されないなんて冗談じゃない。どうして、そんな普通のことさえ許されなかった。

「……何故、俺はこんな病気になっちまったんだろうな……」
「東雲先輩……」

凪は憐れむ表情を浮かべるだけで、それ以上何も言えなかった。
憐れまれることしか出来ないなんて本当に最悪だ。だから、こいつとだけは会いたくなかった。荒んでいた気分が更にささくれていく。

「そんなこと、お前にわかる訳がないよな……? だけど、問わずにはいられない……。どうして、俺だったんだ……? 今の俺は正真正銘のクズ野郎だが、あの頃の……、全てが輝いていたあの時の俺は……、こんな死の運命を押し付けられるようなクズだったか? なぁ、凪……? 俺は死んだ方がいいクズだったか……?」

「そんな……、そんなことはありません! あの時の先輩は、高校時代の先輩は誰より素敵でしたよ! 病気になる前も、なった後も、誰よりも一生懸命に頑張ってきたじゃないですか! リハビリだってあんなに努力して、普通に走れるくらいにまで回復して……」

「……だが、結局再発した。あんなに頑張ったってのに、全部無駄だったんだよ……。俺は一体何をしてきたんだろうな……? 俺の過去は全部無駄だったんだな……? 理不尽過ぎるだろう……? どうして俺ばかり、こんな理不尽を突き付けられる? そんなこと納得出来るはずがない……。受け入れられるはずがない……」

「……だから、麻薬に縋ったんですか? ……どうして、麻薬だったんですか? もっと、他にもなかったんですか? 貴方が絶望した時、貴方の中に『私』はいなかったんですか……?」

「……あの時、お前に縋ればよかったってのか? 冗談じゃない……。全てを失ってみすぼらしくなった姿をお前に晒せというのか……? 出来るか、そんなこと……」

あぁ、だから男ってのは本当にこの世で一番愚かな生き物なのだ。
どん底の地獄に堕ちても、プライドは捨てられない。女に格好悪い姿を晒す真似は出来なかった。

縋れば助けてくれるとわかっていても、絶対に凪にだけは縋れなかった。この女には憐れみで見られるなんて死ぬよりも辛い。今まさに死ぬ直面でもこんなことを言えるくらいに不快なことだった。

「お前に無様晒すくらいなら、麻薬に縋った方がマシさ……。外道らしく好き放題にやっていたから、それなりに愉快だったしな……。だが、本当なら麻薬にだって縋りたくなった……。麻薬なんかに縋る必要もなく、当たり前の生活がある日常があれば、それだけでよかったんだ……。辛かった……、苦しかった……、怖かった……。麻薬で紛らすしかなかった……。この俺の苦しみを……、もっと他の奴等にも味あわせたかった……」

視線だけを動かして眼下の地獄を眺める。もう俺には首を動かす気力さえなかった。

破壊しつくしてやった故郷の街。そんな光景を見ても多少気分が晴れただけで、心の空白が埋まった訳ではなかった。誰かが苦しむのを見て、ザマァ見ろと嘲笑って、それで満足だったかと言われれば、全く満足なんてしていなかった。

誰かの気遣いなんてモノは余裕のある奴にしか出来ない。心底辛い人間は、誰かれ構わず辺り散らす。俺のは少々規模が大きいが、基本的には似たような物だ。ただ、理性で抑えられなかった悪意が周囲に被害をもたらした。その結果が今の風城市だった。

「あぁぁッ……!?」
「んっ……?」

眼下の街で一際巨大な爆発が起きた。
開発放棄地区のベイバロン・ビルが凄まじい業火に包まれる。
どうやら柊木真由美を括り付けた爆弾椅子がドカンといったようだった。あの爆弾には元々解除装置なんて付けていなかった。あの爆弾と一緒になった時点で、柊木真由美は俺と同じようにどうやっても死ぬ運命になっていた。

あの不愉快な野郎も一緒に吹っ飛んだだろうか。さすがに、ビル一つを跡形もないほどに吹き飛ばす爆発に巻き込まれて生きているはずがないだろう。

「ま、真由美ちゃん……、佐渡君……」
「くくく……。ザマァないな……」

最期に愉快な花火が見られた。
これで俺が仕掛けた花火は全部打ち上げられた。
夜闇さえ照らす鮮やかな業火はどこまで広がっていくのだろうか。それは俺の知ったことではない。あとは、ゲームとやらに参加している駒達が勝手にやればいい。

「終わりだな……。これでもう俺の役割は全部終わったな……。あとは勝手にしろ、黒の王……」

「こんなことをして、東雲先輩の心は救われたんですか……?」

「救われる訳ないだろう……。何をやったって結局死ぬんだぜ……? 俺の本当の望みは、ただ普通に生きたかっただけだ……。それしか望んでなかった……。だが、それすら些細な願いさえ叶わず……、誰も俺を救ってくれなかった……。憎たらしい全てを焼き尽くしたって、結局俺の心は空虚なままだ……。そして、俺はこんな空虚な気持ちのまま死んでいく……。クソ……、クソったれだよ、この世界は……」

「東雲先輩……」

凪は今にも泣き出しそうな表情で安楽椅子に座る俺を抱き締めた。
……意味がわからない。こんなことをして、この女は一体何が目的だって言うんだ……? ただの自己満足か……?

女の温もりで俺の命が救われるっていうなら、俺はとっくに救われているさ。凪以外にも女なんて掃いて捨てるほどいる。気まぐれで何人の女も抱いてきた。どれも退屈で俺の空虚な心を埋めてくれることはなかった。結局、女を抱いても、女に抱き締められても意味はない。

何の意味もない抱擁だ。
凪、お前が俺のために泣いたからって、俺は救われないんだよ。
……だから、お前が泣く必要なんてない。

「うぜぇよ、馬鹿……。離れろ……」
「ご、ごめんなさい、先輩……」

俺の冷たい言葉を受けて、凪は悲しそうに退いた。
温もりが消えて、酷く寒くなった気がした。空虚な心が更に大きくなった気がした。

「とっとと消えろ。お前はやるべきことがあるんだろう?」
「そ、そうですが……。でも……」

「俺にお前は必要ない……」

俺みたいな外道には、お前は眩し過ぎる。
罪人の末路は常に惨めであるべきだ。女に抱かれて満足した笑みを浮かべて死ねというのか。そんなエンディングなんて吐き気がする。
あぁ、だから必要ない……。俺には凪桜の温もりなんて不要なんだよ……。

「……わかりました。私はもう行きます……」
「あぁ、さっさと俺の目の前から消えろ……」

凪は目に浮かぶ涙を拭うと、先程までの弱々しい表情が嘘だったように毅然な顔立ちになっていた。そして、躊躇わずに踵を返して力強く歩いて行った。その歩みに迷いも淀みもなかった。

そうだ、お前はそうやって真っ直ぐ進んでいけ……。
二度と振り返るな……。

「……東雲先輩」

扉の前で凪は振り返らずに俺に声を掛けてきた。
おそらく、これが俺と凪の最後の会話になるだろう。

「私は貴方のことが好きでした……」
「……俺にとって、お前はどこにでもいる女の一人でしかない」

「そう、ですか……」

パタン……、と閉ざされる音がとても遠くから聞こえた気がした。
扉の方に視線を向けると、やはり凪の姿は消えていた。
おそらく凪は自らに課せられた役目を果たすため、きっと馬鹿正直に突っ走っていったのだろう。これで、もう二度と生きてあいつに会うことはない。

だから、凪の姿が消えて、俺はようやく涙を流すことが出来た。



「嘘に決まっているだろう、馬鹿野郎……」



眠い……。
このまま眠れば、次目覚めた時は天国か……?
ははは……、じゃあな、クソ野郎ども……。お前達は現世の地獄で踊れ。俺は先に天国で待ってやるぜ……。





Tell the continuance in hell…




あとがき

当初の予定では、
東雲さんと凪先生は別に恋愛関係でも
何でもなかったんですよねー。

それが私の知らないところでヒロイン認定されてww

まぁ、これはこれでイイかなーって。
当初の予定を暴露すると、凪先生は東雲さんを殺す役だったんです。
で、凪先生も死ぬ方向で……。うん、変えてよかったですw

関連記事
スポンサーサイト
トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/07 >>
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -


Copyright © 2017 無色の翼、鳥は何処に向かうのか?. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。