作家志望の不定期ブログです。
無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ヘブンズ・ゲート ~精神の終焉~ [第7話]
2011-06-06-Mon  CATEGORY: 小説:ヘブンズ・ゲート
急展開ですw
こっそり伏線は張ってましたが、
まぁ大分、急展開です。

・[第0話]
・[第1話]
・[第2話]
・[第3話]
・[第4話]
・[第5話]
・[第6話]



ヘブンズ・ゲート ~精神の終焉~


……。
…………。
……………………。
…………………………………………。
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………。






極上のヘロインの酩酊感が抜け始め、ようやく意識がまともに働き始めた。ヘロインがキマっている間は指一本動かす気力も、思考する意志さえ失われる。全てのことがどうでもよくなるのだ。
麻薬の王様と呼ばれるヘロイン。国内相場はグラム当たり諭吉たくさんだ。まだ効果が完全に抜けきっていないため、自分でも頭がおかしいことは自覚している。

日本国内で流通するドラッグは覚せい剤がもっとも多い。大麻のような安価で栽培も容易な物や、錠剤型で気軽に飲めるMDMA等が増え始めている。おそらくニュースで耳にする麻薬は、今上げた三つがもっとも多いだろう。

ヘロインは非常に高価だ。ケシから麻薬を精製すること自体がまず大変なのだが、ヘロインはアヘンやモルヒネなどより更に面倒な工程を経て作られる。効果もあるが、高価でもある。……ラリって馬鹿なことを言っているな、俺も。

ダウナー系の麻薬でもあるヘロインはキマっている間、完全な無気力状態になる。気分が高揚するアッパー系の覚せい剤などとは効果が真逆だった。特にヘロインの効果中は、目の前に銃口を突き付けられても全く気にならないくらい、全てのことがどうでもよくなる。
ジャンキーという言葉は、元々ヘロイン中毒者を指している。素人が三回キメれば瞬く間にジャンキーの仲間入りになれる。それくらいヘロインの効果は強力だ。

「ゲホ、ゴホォ……。ぅあぁぁ……、ぐぅぅ……、ゴホッ!!」

一般的に麻薬は気持ちいいだけのモノと思われがちだが、それは違う。
強力過ぎる向精神薬なので、吐き気や気持ち悪さなど併発することも多い。しかも、禁断症状なんて苦痛さえある(特にヘロインは最悪だ)。全く、こんな苦しみがあると知りつつ、クスリに手を出すなんて実に愚かなことだった。

「まぁ、だからこそ俺は、俺達は愚かなのか……」

ベッドから這い上がり、バスローブを羽織った。
身体を起こすと頭がフラフラする。クスリがまだ効いているせいだ。だが、それだけではない理由もある。
俺は頼りない足取りで自室のベランダへ向かった。
深夜の高層ビルには強い風が吹き付ける。暴虐な風に抗いながら、俺はベランダの欄干に辿り着く。

バベル・タワーの上層部からネオンで輝く地上を見つめる。あの光り輝く地上には汚らしい欲望に飢えた蛆虫達が這いつくばっている。美しく見える光景の下に潜む者はいつも醜い。だからこそ、踏み潰してやりたくなる。

「……さぁ、間もなくこの町も終わりだ」

俺は風城市にブラッドという悪意をばら撒いてやった。
風城市に蔓延した悪意はまるで性質の悪い熱病のように多くの人間に感染していった。熱病の猛威が人を苛み、更なる苦しみに引き込んでいくように、悪意は俺の手を離れて更に拡大していった。

だが、悪意がもっと育つためには力が必要だ。
力がなければ、逆に踏み躙られるだけだ。

警察という強大な力によって制圧されてしまう。俺のかつての友人、海原奏が所属する組織犯罪対策課も本格的な捜査に乗り出している。
だから、正義を踏み躙るための力もばら撒いてやった。
愚かな連中から毟り取った金を全て使い、更なる破滅と絶望を呼び寄せてやる。馬鹿な連中が絶望に溺れる姿こそが、俺にとっての唯一のクスリなのだ。

さぁ、この地獄の苦痛はもうすぐ終わる。











路地裏で怒号が鳴り響く。
そんな激しい罵声の合間に銃声まで響いた。
銃声とは、すなわち人間を殺傷するため道具である銃から弾丸が発射される際に生じる音だ。

日本国内において銃は許可なく所持するだけで犯罪だ。また正式に銃を所持するためには必ず公的機関の許可が必要だ。不法に銃を入手する方は幾つかあるが、それには大金が掛かるか、暴力団のような犯罪組織に関わらなければいけない。だから、銃とは町のジャンキー風情が軽々しく所持出来る物ではないのだ。

しかし、今の風城市ではその常識が覆されていた。
悪意ある何者かによって、大量の銃がばら撒かれていた。それこそギャングの末端に行き亘るほど大量の数だ。
風城市のギャング、ディアボロの数は二千人を超えていた。その六、七割が銃を所持していたとするなら千挺以上の数の銃が出回っているということだ。それは恐ろしい数であり、それだけを用意するための金は膨大な額に上るだろう。


「いやぁ~、まさかこんなことになるなんてね~」


佐渡逸樹は飛び交う罵声と銃弾を避けながら、汚い路地裏をさながらドブネズミのように疾駆していた。

「待てや、コラァァァッ!!」
「逃げんな、殺すぞ!!」

銃を持ったギャング達は執拗に逸樹を追っていた。
彼を追っているのは一人や二人ではなかった。騒ぎを聞き付けたチンピラやヤクザ達も目の色を変えて逸樹を追っていた。狭い路地裏では数の確認は難しいが、相当数の人間が逸樹を追っていた。

「いやいや、全く人気者だね~、僕も。ファンサービスはしない主義なんだけど、しつこいね~」

無論、彼等は逸樹のファンなどではない。
今、佐渡逸樹の首には懸賞金が掛けられていた。その額、一千万。生死は問わず、逸樹を連れてくれば金をくれるという話だった。

一体どこへ連れていけばいいのか、という疑問は彼等の中にはない。幾つかの噂が飛び交っているが、正確な情報を持っている者などいないだろう。そもそも、この懸賞金の話自体、東雲が逸樹を排除するために流したデマだった。

このデマ自体は銃が街中に出回る少し前から流れていた。
さして信じられていなかったが、暴れることしか頭にない若者達は喜んで獲物を追った。懸賞金が本当なら儲け物、デマだったら獲物をいたぶって楽しむ。そういう単純な思考をしたギャングに以前から追われてはいた。
そうした噂がなくても、逸樹はブラッドの売人を潰して回る者として有名だった。無法者に追われる理由は幾つもあった。

しかし、この大量の銃の介入はさすがに予想外だった。

「さすがにヤバいかな?」

銃弾が耳元を掠めながらも、逸樹は飄々とした様子で呟いた。
走りながら放たれる弾丸はほとんど壁や地面に当たり、まともに逸樹の方向に飛んでくるのは稀だった。理由は逸樹と追跡者の距離が離れているのと、追跡者が銃の素人だったからだ。存外、銃とは当たりにくく、射程が短い物だった。
しかし、だからといって狭い路地を一直線に逃げるのは危険だ。これまで逃げられているのは逸樹の驚異的な反射神経があるからだった。

「死ね、ゴラァァァッ!!」
「……って、危なッ!?」

数メートル先の曲がり角から男達が飛び出し、逸樹目掛けて発砲してきた。疾走中だった逸樹は反射的に身体を捻って銃弾を避けるが、走りながら無理な体勢を取ったためにバランスを崩して倒れかけた。

「うわぁ~……、ホントに僕って油断ばっか……」

逸樹はバランスを崩しながらも地面に手を突いて体勢を立て直し、なおかつ前進を続けた。

前方に銃を構えた男がいたとしても、後退は出来なかった。逸樹を追ってきた何十人ものギャング集団が迫っている。後ろに戻れば、ハチの巣になるのは確実だろう。

だから、逸樹は敢えて前へと駆ける。
彼の前方およそ三メートル距離には自動拳銃を持った男が二人。いくら素人でも動かずに狙いを定めれば、標的に銃弾を当てられる距離だった。しかも、その標的は近付いてきているのだ。普通に標的目掛けて銃を構えて発砲すれば、どこかに当たる可能性はあった。

「こいつ、馬鹿か? こっちに突っ込んでくるぜ!」
「はっ! イカれてやがる! そんなに死にたいのか?」

「生憎、君達なんかに殺されるつもりはないよ」

逸樹は銃弾を避けながら、煤で汚れた壁に向かって高く飛んだ。更に壁を蹴って、より高く舞い上がる。

三角とび。滅多にお目に掛かれない大技を目の当たりにして、二人の男は驚愕で目を剥いた。その一瞬の驚愕が彼等にとっての命取りだった。逸樹の空中回し蹴りが彼等の首を刈り取った。


「残念だけど、僕を殺せる奴は世界に一人しかいないんだ」


逸樹は一撃で二人の男を昏倒させると、そのまま脇目も振らずに駆け続けた。この先を抜ければ、繁華街の大通りに出る。そうすれば、いかに粗暴なギャング達といえども銃を使えなくなるはずだ。

今、街中では路地裏の銃声を聞き付けた警察官が群がっている。
歓楽街バベル・グラウンドを始めとして風城市は現在、厳戒態勢が敷かれている。麻薬拡散に加え、拳銃まで出回っている。この事態を警察が放置できるはずがない。今は無法者を取り締まるために街は騒然としている状態なのだ。

「わぉ、眩しい!」

視界が開け、ネオンの光が満ち溢れる歓楽街の中心に飛び出た。
逸樹は一度振り返り、路地裏の方を見た。追ってくる者達の影は見えなかった。どうやら街中に出ることを嫌い、姿を隠したのだろう。
ギャング達の追跡は振り切った。しかし、逸樹にとって繁華街も安全な場所ではなかった。

「んっ! おい、あいつは手配にあった……」
「とと……、さっそく見つかっちゃったね~」

警察官が逸樹を見つけると、険しい顔で近付いてきた。
逸樹は静林学園付属中学で暴行事件を起こしている。それに、同様の手口でブラッドの売人を多く潰している。そのことが原因で無法者達に追われていたが、暴行事件の犯人ということで警察からも追われていた。

「全く難儀だね」

逸樹は人混みの中を逃走した。
ギャングの次は警察に追われる始末だった。

「待て! 止まれ!」
「お断り~♪」

人混みの中で走っていれば、当然目立つ。
いかに逸樹でも簡単に警察を撒くのは難しいだろう。だが、警察から逃れるために路地裏に入れば、銃を持った無法者達に追われることになる。逃げ場はどこにもない。
八方塞の状況にもかかわらず、逸樹は相変わらずヘラヘラした様子で全く緊迫感がなかった。そんな彼の表情を変えたのは、逃走中に掛かってきた着信だった。

柊木真由美からの着信。
あの日、逸樹が事件を起こした日から一度として掛かってこなかった彼女からの電話。それが逸樹を驚かせた。

「まさか、もう一度僕に連絡を取ろうなんて気が起きるなんてね……」

逸樹は携帯電話を取りながら、あの日の出来事を思い出していた。










晩秋。
数週間前。
佐渡逸樹が静林学園付属中学で事件を起こした日。

事件は付属中学の第二体育倉庫で起こった。挑発的なメールで長谷部達を全員呼び寄せ、力ずくで潰したのだ。特に策略などは用いていない。本当にたった一人の腕力だけで十六人を潰した。体育倉庫は適度に狭く、適度に暗く、適度に物が散らばっている。複数で戦う利点が幾つも失われている場所で戦ったのが彼等の運の尽きだったのだろう。
十六人の人間の両手両足の骨を粉砕するという作業はそれなりに時間が掛かる。全てが終わる頃、尋常ではない悲鳴を聞き付けた者達が体育倉庫に群がっていた。

「……佐渡、あんた、何をやったの……?」

体育倉庫から血塗れで、にもかかわらず一切怪我をしているように見えない逸樹の姿を見て、真由美は呻くように問い掛けた。

「んん~、これ見てわからないかな?」

第二体育倉庫の扉は大きく開いている。
両手両足の骨を折られ、苦痛に呻いている者達が外からでもよく見えていた。だから、逸樹が何をしたか、と問うのは時間の無駄だった。

「何で、こんなことを……?」

「まゆみんは知らないかな? こいつ等は学内の生徒にブラッドを売っていたんだよ。だから潰した。疑問は解けたかな?」

「……ブラッド?」

「ここ最近、風城市全域に流通していた麻薬の名前だよ。効果はアッパー系、すなわち気分が高揚するタイプの麻薬。いわゆる超人気分になれるって奴だ。噂では、本当に超人になれるって話もある。神如き力を得られる魔王の血ブラッド。曰く、口から火を出せるようになるとか、目からビームが……」

「もういい! それで、あんたはそれだけの理由で長谷部達にこんな酷いことをしたって言うの!」

「うん、そうだね。他に強いて理由を上げるなら、目障りだったとか不愉快だったとか、かな? その辺を飛んでいる羽虫を叩き潰すと似たような理由さ」

まるで平時と変わらない軽薄な笑み。
ごく当たり前のようなことを言うような口振り。
そんな逸樹の様子に、真由美は心底腹が立っていた。彼がどのような人物からは前から聞いていたが、真由美は心のどこかでそれを信じたくないと思っていた。ずっと心の中で否定してきた。

だが、今こうして真由美の前にいる男は、真正の鬼だった。
人の道を外れた人ならざる心を持った修羅。

知っていたはずなのに、信じたいと思っていたのに、真由美の期待と信頼は逸樹自身によって裏切られた。それが酷く腹立たしかった。

「……見損なったわ、佐渡……」
「損なうほど評価があったことに驚きだね」

「逸樹ッ!!」

真由美は感情が高ぶると、逸樹を名前で呼ぶ。
普段ならば、逸樹と呼ばれることを心地よい、と彼は思っていた。だが、今はそんな心地よさなど微塵も感じなかった。
だから、逸樹は酷薄に微笑んだ。

「うるさいな、少し黙りなよ」
「……ッ!!」

逸樹の声はよほど冷たかったのだろうか。真由美は凍り付いたように身動きが出来なくなった。

「もう君が口出しできる事態は終わったんだよ。これから始まるのは地獄だよ。君は今すぐ盤外から立ち去るんだ。消える気がないのなら、無理にでも叩き出す。僕は君が相手でも傷付けることは躊躇わない。骨の二、三本でも折って無理矢理わからせる必要があるのかにゃ?」

「……い、逸樹」

それは初めて聞くような震えた声だった。
だが、それでも逸樹は揺らがない。ここで揺らいでは意味がなかった。
盤上はすでに教本のような動きはしない。魔術師が自在に闊歩するファンタジーへと変容しつつある。地獄を封じる蓋は開かれ、悪鬼羅刹が闊歩する時は近い。

真由美は盤上にいるべきではない。
たとえ、力ずくであっても彼女を盤上から追放する。

そのために真由美を傷付けることになっても一向に構わない。どのみち逸樹はいずれ風城市を去らなければいけない。どうせ消えるのなら、彼女に嫌われていた方がいい。彼女といる時間が楽しくて不用意に近付きてしまったことを後悔しながらも、逸樹の覚悟は揺らがなかった。


「女の子を怯えさせるのは感心しないわよ、佐渡君」
「あれま……。いつもいいところで邪魔するね?」

「それが先生のお仕事ですから」


群がる生徒達を割って出てきたのは、凪桜だった。
穏やかな逸樹達の担任教師であり、東雲正義の後輩でもある人物。
美しい長髪を風にたなびかせ、凪は普段と変わりない様子で逸樹を見つめていた。彼女にも体育倉庫の様子が見えているはずだが、それでも恐ろしいまでに普段どおりの様子だった。

「本当に困った生徒ですね、君は」
「にしし……」

「いい加減、生徒指導室でお説教をしないといけませんね。そろそろ無理矢理にでも連れて行かないといきますよ」

「……それは怖いねぇ」
「えぇ、怒った私はとても怖いですよ?」

凪が一歩踏み出すと、逸樹は一歩退く。
互いに笑顔。ふざけた笑顔と穏やかな笑顔。
だが、二人の笑顔には重苦しい緊張感が満ちていた。火薬臭い一触即発の空気。達人同士が間合いを削り合っているような、そんな錯覚さえ感じさせる。

「……ここは大人しく従っておこうかにゃ~?」

誰も言葉を失うような張り詰めた空気の中、逸樹は降参のポーズをとりながらもいつもの調子で言った。

「そうしてくれると嬉しいです。私も可愛い生徒の骨をへし折るような真似はしたくなかったので」

「僕相手にそこまで言えるんだから凪センセも大物だよね?」
「私相手にそんな態度をとり続ける佐渡君だって大物ですよ?」

互いに笑顔。だが、迸る火花と緊迫感は絶えていなかった。
周囲にいる誰もが口を出せない雰囲気だった。下手な言動をすれば命の保証すら出来ない、そんな馬鹿げた想像すらさせた。

そんな火薬庫のような空気の中、凪は逸樹を連れて生徒指導室に向かった。この異常な空気を生み出し、平時と何一つ変わらない二人の様子はどこか現実離れしていた。まるでフィクションの世界の光景を見ているようだった、と後にその光景を目撃した生徒達は語った。

そして、逸樹は真由美と擦れ違いざま、彼女の耳元に言い残した。


「……二度と首を突っ込むな。次は大好きな君でも容赦しない……」


真由美がどんな表情をしたかは誰も知らない。
逸樹は一瞥すらせずに立ち去り、周囲の生徒達は真由美のことなど誰も見ていなかった。そして、真由美もどんな表情をしていたのか、あの時のことはよく思い出せなかった。

ただ、地面には零れ落ちた涙雨が土を濡らした跡だけがあった。









「やぁ、佐渡逸樹。ご機嫌はいかがかな?」

それは真由美の声ではなかった。
着信は間違いなく柊木真由美からだったが、受話器越しから聞こえてくる声はあの愛くるしい少女の声ではなかった。

知らない男の声だった。
ミシッと音を立てて携帯電話が微かに歪んだ。
不幸にも今の逸樹の表情を見てしまった繁華街の住民は小さな悲鳴を上げた。中には腰を抜かして倒れる者までいた。彼等は一様に鬼を見たような表情で怯えた。

「……真由美をどうした?」
「女は同性に気を許し過ぎだな。スタンガンで一発だったそうだ」

逸樹の思考は今二つのことで占められていた。
一つは真由美の安否。もう一つはいかにしてこの男を殺すかだ。

飄々とした道化の仮面はどこにもない。底冷えするほどに酷薄な表情と声だった。ふざけた瓶底眼鏡をしていたおかげで誰も彼の目を見ずに済んだのは、唯一の幸いだろう。煮え滾る憎悪によって澱んだ瞳を見ていれば、あるいは失禁する者もいたかもしれない。それほどまでに今の逸樹は狂気的だった。

「……さらったのか?」

「なかなか困難な仕事だったよ。並の男達では数人がかりでも逃げられた。どうもこういう事態を予想していたのか、異常なまでに警戒されていてね。最近の女子高生はナイフを持ち歩くのが流行りなのか? おかげで子飼いを何人か病院送りにされたよ。
 だが、所詮女だな。同性が声を掛けたら、最初こそ警戒していたが、すぐに隙を見せた。まぁ、あの雌豚も背後から人を刺すのに慣れていたからな。簡単な仕事だったと笑っていたよ」

「……油断しやがって。馬鹿だな、あいつも」
「女などすべからく愚かなものだ」

「黙れよ、クズが」

「ふっ……。随分と御執心だな?」

「お前が思っているほど執着はしてないさ。あくまで優先すべきは自分の命だ。可能なら助ける。それだけだ。真由美がどうなろうと揺らぎやしない。変化するのはお前達の死体がスプラッターからミンチになるくらいさ」

淡々と、感情を交えずにそう言い切った。
これは誇張や牽制ではなく、事実として逸樹はそうする覚悟があった。
逸樹は善人ではない。自分の命を捨ててまで誰かを救おうとは思わない。弱者を命懸けで助けるなんてことは正義の味方の仕事であって、逸樹の役割ではなかった。

「それで、真由美をさらったからには何か要求があるんだろう?」
「あぁ、貴様の命がほしい」
「断る」

迷いなく言い切り、通話を切った。
携帯電話を握りしめたまま逸樹は人混みに紛れて路地裏に入った。
しばらく警官が追い掛けてきたが、あっという間に逸樹の姿を見失って引き返した。

逸樹は雑居ビルの一つに入り、屋上まで登っていた。
追手はいないが、ゆっくりと休むことは出来ないだろう。追跡者達の目撃情報を集めれば、逸樹がどの付近で姿を消したかはすぐに判明する。その地点を重点的に探れば、いずれ今逸樹が隠れている場所を見つけるだろう。

だが、逸樹は元々潜伏するつもりなどなかった。
今の逸樹はすでに逃走者ではなく、血に飢えた狩人の目であった。

(……ひとまず、ウチの王様に確認しておくか)

逸樹は携帯電話で白の王に連絡をした。

「真由美がさらわれた」
「知ってる。だが、こっちも手を回せない」

「まぁ、だろうね」

雑居ビルの屋上から風城市の様子を見渡せば、白の王の一派が動けない理由はすぐにわかる。風城市の至る場所から死の煙が立ち上っており、昨日までの街並みとは全く別物になっていた。

すでに地獄の蓋は開かれているのだ。

今、この風城市には一つの軍隊規模と同じくらいの銃が流通している。しかも、それを手にしているのは倫理や道徳など欠片も持ち合わせていな麻薬狂いのギャング達だ。そんな狂気的な連中の標的が逸樹だけで終わるはずがない。繁華街バベル・グラウンドに大量の警官がいたのも、元々は銃を持って暴れる奴等がいたからだ。

だが、地獄はそれで終わっていない。
風城市の幹線道路では煙が上がっている。大型車が何台も事故を起こしているのだ。何台も、何十台も、何百台も。この町の出入り口を塞ぐような状態で事故を起こしている。

現在、多くの人間が地獄と化した風城市に取り残されている。
風城市から脱出しようにも、道を塞がれた付近ほど銃で武装したギャングが多かった。彼等は人を撃つことを躊躇わない。しかも、爆弾まで仕掛けられている場所があり、幾つかの道路は事故車ではなく、爆破で物理的に通れなくされていた。

平和な街並みと紛争地帯が入り混じったような光景。
これが日本の都市とはとても思えなかった。


「……君はこの事態を予想していたから僕を呼んだのかな?」
「そうだ。ゲームに余興は付き物だろう?」

「余興にしては随分と派手な花火だ」


また街中で爆発が起こった。
逸樹は屋上から身を乗り出して、音のした方に目を向けた。
爆発が起きたのは、幹線道路沿いではない。比較的市街地に近い場所にあるガソリンスタンドが燃えているようだった。
おそらく爆弾だろう。事故車が爆発するのはフィクションだけだ。ガソリンが爆発するためには密閉状態で酸素と混合する必要がある。どこかの馬鹿がガソリンスタンドに爆弾を仕掛け、派手な花火を上げようとしたのだろう。

だが、町中でガソリンスタンドほど堅牢な建築物はない。
何故なら、ガソリンは非常に優れた『燃』料だからだ。

ガソリンが大規模な爆発を起こすためには条件があるが、気化爆弾として使うと重量当たり発生熱量という点ではTNT爆薬を超える。無論、ガソリンスタンドに貯蔵されているガソリンが漏れたとして、爆発の条件を満たす可能性は低い。だが、それでもガソリンが恐ろしく優秀な燃料であることに違いなく、厳重な保管をされている。

消防法、建築基準法などによる厳しい規制によって建造されるガソリンスタンドは地上で爆発が起きたくらいでは大した問題にはならない。それこそ地下の貯蔵庫まで吹き飛ばす威力の爆弾があれば話が別だが、そんな爆弾があればわざわざガソリンスタンドに仕掛けて威力を増大させる必要などない。


「……これが余興だって?」

「ゲーム一つで町を破滅させる。黒き王というのはそういう奴だ。そして、そういう地獄を作り出してくれそうな男にブラッドを授けた」

「東雲正義が、そうだと?」
「あぁ、そうだ」

「何故、彼がそんなことするとわかった?」


逸樹の問いに対して、一瞬の間があった。
その刹那、凄まじい暴風が風城市を呑み込んだ。夜天を覆い尽くす曇天が流され、不気味なほどに赤い月が姿を現した。


「……彼の命が間もなく尽きるからだよ」


白き王の言葉を受けて、逸樹は何となく納得した。
間もなく尽きる命ならば、派手に散らしてみせたいのだろう。そう、まさに今この町を焼き尽くす薄汚い花火のように。

「破滅を求める者というのは、大体自らの破滅がすでに決まっている奴だ。ならば、破滅を起こす奴の条件は限られている。そうした条件に当てはまるリストの中に東雲がいた。
 東雲は学生時代に骨肉腫を患い、二度再発している。そして、二度目の再発とほぼ同時期に会社を辞めさせられている。カルテによると二度目の再発時に肺への転移が認められているが、彼はその後病院に姿を現さなくなった。風城市を含め県内の病院を調べたが、東雲が通院している記録はなかった。悪性腫瘍が肺に転移していたことを考えると、彼はすでにいつ死んでもおかしくない状態だそうだ」

「それは大変だ。にしても、どうやって東雲まで行き着いたんだい?」

「黒の王は最終的に破滅的な展開を望むはずだから、それを成し得る人材には私も最初から目を付けていたが、そこから先が詰まっていた。東雲正義と特定できたのは、お前が集めてくれた情報のおかげだ。ブラッドの販売範囲をおおよそ特定でき、そこに網を張ることが出来た」

「そりゃ僕も頑張った甲斐があった」

逸樹は苛められっ子を扮して麻薬を常用していると思われる連中の懐近くに潜り込んでいた。結果として、長谷部という売人を釣ることが出来、彼を尾行することによって麻薬の取引場所がナイトサーヴァントであろうと推察できた。

「東雲のミスは、凪先生に手を出したことだ。これがなければ、ナイトサーヴァントに出入りしていた連中を一人一人探っていく必要があったからな」

「あぁ、そういえばたくさん似顔絵描かされたね」

ナイトサーヴァントに出入りする者の全員分の似顔絵を描けという無茶振りは、白の王が張り巡らせた網の一つだったようだ。逸樹の記憶だと、東雲もナイトサーヴァントに出入りしていたので、彼が凪に近付かなくても網に掛かるのは時間の問題だったようだ。

「……逸樹、こちらも忙しい。もう切るぞ」
「んっ、わかった。じゃあ、生きてまた会おうか」

「……」

白の王は無言のままで通話を切った。
この地獄の中、あの最弱の王が生き残れる可能性は低い。
もしかしたら、これが今生の別れだったかもしれない、と逸樹は少しだけ感傷的なことを考えた。

だが、すぐに思考を切り替えて携帯電話を握りしめた。
先程から謎の番号からの着信があった。相手は確認するまでもなく東雲だろう。真由美の携帯電話はGPS追跡を恐れてすでに廃棄されているはずだ。この電話もおそらく不法に入手したものだろう。


「やぁ、東雲君。悪かったね。作戦会議中だった」
「…………ほぉ、俺まで辿り着いていたか」

「もうすぐ死ぬんだって、君?」

「そこまで知っているか。確認はしてないが、すでに悪性腫瘍は全身に転移しているだろう。幸い、ブラッドの稼ぎのおかげでヘロインやモルヒネには事欠かないんで、それなりに快適に過ごしている」


夢の神モルペウスから名付けられた麻薬モルヒネは、まさに夢のように痛みを和らげてくれる。ヘロインはこのモルヒネから生成されるドラッグで、モルヒネ同様に鎮痛作用を持つ。

ちなみに塩酸モルヒネは医療現場では、癌性の痛みを和らげるために用いられることが多い。麻薬といえども本質は薬。正しい用法で使えば、優れた鎮痛作用をもたらしてくれる。だが、それは資格を持つ者にのみ許された行為。麻薬の危険性はすでに説明など不要だろう。

強い中毒性と依存性は、容易く人の心を殺す。


「それで、交渉が決裂したのにまだ何か用かい?」
「あぁ、交渉に使えないのなら、あの女に用はない」

「真由美を返してくれるのかい?」
「あぁ、開発放棄地区の場所は知っているか?」


開発放棄地区。
都市化計画の中断によって建築途中で放棄されたビル群のある地区。
もっとわかりやすい表現をするなら廃墟だ。打ち捨てられた廃ビルが幾つも連なる風城市の暗部。

この地区には気味の悪い噂があった。
まるで始めから廃墟を造るために開発を中断させられたのではないか、という噂だ。

そもそも風城市都市化計画自体によくない噂があった。あまりに急激すぎる発展だったため、どこから開発資金が出ていたのか今も疑問視されているのだ。出所不明の資金援助があったのではないか。そういう出所不明の援助があったからこそ急激な発展があり、急な開発中断も裏で何かがあった。そんな胡散臭い噂がまことしやかに囁かれていた。

そして、そういう噂があながち笑い飛ばせたものではないと思えるほど、風城市の発展と開発中断は急だったのだ。


「真由美は開発放棄地区にいるのかい?」
「ベイバロン・ビルという完成途中のビルの最上階に監禁してある」

「……ベイバロン? あぁ、大淫婦バビロンか。ホントに好きだね、そういう名前。まぁ、この町の発展の裏には、あの黒の王が絡んでいるからね。ネーミングセンスの悪さは仕方ない」

「ほぉ、それは初耳だ。連中があの噂の資金援助者(パトロン)だったのか? だが、そうか。奴等ならそれくらいは可能か。この俺にブラッドなんてモノを無償でくれる連中だからな」

「東雲、あんたは黒の王の傀儡だ。この地獄も黒の王が望んだこと。お前はこの地獄を作り出すために用意された駒に過ぎない」

「……だから何だ? 今更どうでもいいことだ。
 見てみろ、この忌々しい街が焼け落ちていく光景を! 愚かで無価値な連中が恐れ慄き、逃げまどう姿を! こんな愉快な喜劇を見下ろせるなんて最高だよ、佐渡逸樹! 俺は今、全てを踏み躙っている!
 もう、俺はいつ死んだって構わない! くくく……、はっははははははははははははははははははッ!!」


逸樹は携帯電話を耳から離し、不愉快な笑い声を遠ざける。
ブラッドで莫大な富を得た東雲がこれまで誰かの破滅しか望んでいなかったことからわかると思うが、彼の目的は不幸な人生の舞台であった風城市を破滅させることだった。

理不尽な復讐。
だが、誰も彼の心を理解することなど出来ない。
東雲正義の絶望はあまりに深い。その闇がどれだけの狂気を生み出そうと責められるはずがない。真に責められるべきは、そんな彼に狂気を成し遂げる全てを渡した者だ。


「佐渡逸樹、女を取り戻したいのなら走れ。手を出すなとは言っておいたが、ブラッドのキマった連中がどれだけ俺の指図を聞くかは疑問だ。せいぜい足掻くように生き抜いてみせろ、この地獄を。俺はここからお前達の生き様を見ていてやるよ」


そうして通話は途切れた。
虚しい電子音だけを鳴らす携帯電話。
逸樹は携帯電話を仕舞い、地獄の炎が広がる町を眺めた。
夜闇を呑み込むほどに激しく燃え盛る業火。先程のガソリンスタンドでの火災が市街地まで広がっている。現状、消防車など来られるはずもないので、炎は風が導かれるように風城市を焼き尽くしていた。

風は災禍を呼び寄せる。破滅をもたらす災禍の風は何人も逃さないように渦巻く。


「真由美……」


彼女を救出にいくのは危険だ。
東雲が何の策略もなく真由美の場所を教えるはずがない。
おそらく真由美の監禁場所、そこへ至る道には多数の罠が仕掛けられているだろう。

常人離れした逸樹を仕留めるなら、もっとも有効な手段は罠だ。そして、罠を仕掛けるのならば、標的が必ず通過する場所に仕掛けるのが最善。
もし、先程の東雲の交渉を受け入れたとしても、逸樹は真由美の監禁場所へと向かわされたはずだ。人質交換と言って罠に嵌めるつもりだったのだろう。

東雲が真由美の監禁場所を教えたのも、逸樹に真由美を助けに向かわせるためだ。そして、逸樹が監禁場所に近付けば罠でドカンとするつもりだろう。

真由美の救出、そのリスクを可能な限り考察して、逸樹は酷薄に微笑んだ。


「……残念だよ、もう君の笑顔が見られなくなるなんて……」


激昂した修羅が現世の地獄と化した風城市へ舞い降りる。
奈落の花を咲かせるために、鬼は捨てられた廃墟に向かって駆ける。





Tell the continuance in hell…




あとがき

ようやくここまで来れました。
ヘブゲの最終的な目標は町そのものを焼き尽くすことでした。
ホントにやっとこさです。長かったです。

東雲さんの死に関しては、
第0話からずっと言ってましたが、
ここでようやく確実な形になってきました。

ヘブゲも残り2~3話くらいで終わりそうです。
関連記事
スポンサーサイト
トラックバック0 コメント2
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
No title
コメント水聖 | URL | 2011-06-08-Wed 00:08 [編集]
仕事早いですね、遠野さん。
ううむ、何かものすごいことに。街ひとつ使ってチェス?
次回はいよいよ白と黒の決戦でしょうか。
東雲さんは相変わらずかっこいいですが、いっちゃんとまゆみんに不覚にもキュンとなりましたww
凪せんせはこれからヒロインとしての(決めつけている)見せ場がくるんでしょうか。
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2011-06-08-Wed 00:51 [編集]
水聖さん、コメントありがとうございました。

> 仕事早いですね、遠野さん。
実はちょっと前に書きあがってたので、
更新するだけだったんですw

> ううむ、何かものすごいことに。街ひとつ使ってチェス?
> 次回はいよいよ白と黒の決戦でしょうか。
あ~……、これに関しては
何とコメントしていいのかアレなんですが、
……う~ん、あとで他の記事でぶっちゃけますw

> 東雲さんは相変わらずかっこいいですが、いっちゃんとまゆみんに不覚にもキュンとなりましたww
> 凪せんせはこれからヒロインとしての(決めつけている)見せ場がくるんでしょうか。
おかしいな、
東雲さんは嫌われてほしいキャラなのに……。
凪せんせは後で出番を用意するつもりです。ヒロインなのでw
トラックバック
TB*URL
<< 2017/06 >>
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


Copyright © 2017 無色の翼、鳥は何処に向かうのか?. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。