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無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
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鬼は桜雪を仰ぎ、語り部は春風を願えば
2011-05-01-Sun  CATEGORY: 詩 & 短編小説
仮題は「桜鬼の語り部」というモノでした。
全部書き終わってから、今のタイトルになりました。

タイトル長いですねw
実はあまりタイトル長いのは好きじゃないんですが、
この話は敢えてこういうタイトルにしてみました。



鬼は桜雪を仰ぎ、
語り部は春風を願えば



夕闇峠の山桜には鬼が出る。
何の変哲もないご当地の怪談話の一つだ。
誰も近付かないような峠の頂上にある一本の山桜、そこに鬼が出ると言うだけの陳腐な噂。鬼を見ると不幸になるとか死ぬとか、そういう類の怖くて物騒な尾ひれも付いていない。ただ、鬼が出るだけという怪談にもなっていない怪談だ。


今日日、そんなありふれた怪談では肝試しに来る者だっていない。実際、夕闇峠で肝試しをしたという話は聞いたことがなかった。
山頂には車道が通っていないので、普通に山道を歩いていかないと頂上には辿り着けない。標高が低い峠といっても夜中に行くのは普通に危ない。鬼よりも遭難の方が怖いのでは本末転倒だ。

という訳で、現在進行形で鬼よりも遭難の危機に瀕しているのが、今の私だったりする。

「マジで何も見えないくらいに真っ暗なんですけど!?」

私、平井千歳は涙目になりながら懐中電灯を片手に山道を進んでいく。オカルトとかホラー映画とかは割と平気な方なので、現在進行形で怖いのは鬼よりも遭難だった。足を挫いて動けなくなったら、誰にも発見されずに餓死コースだ。

「はぁ……、どうしてこんなことに……」

深夜に夕闇峠の頂上を目指して山登りをしているが、私はオカルト研究部でもなければ登山部でもない。ただの新聞部だ。

山桜の噂が本当なのか確かめて来い、と鬼畜眼鏡もとい新聞部部長に命令されてしまったのだ。そんな理不尽極まりない命令なんて無視すればいい、なんていう奴はあのクソ野郎の恐ろしさがわかっていない。あの鬼畜眼鏡は人の弱みを握ることが大得意なのだ。私も弱みさえ握られていなければ、権力なんかに屈しないのだが。

「あっ……、やっと開けた場所に出た……」

森の暗闇を抜けると、眩しさに一瞬だけ目が眩んだ。
私の目を眩ませたのは月光でも星明りでもなかった。月明かりを浴びて妖艶に咲き誇る山桜の美しさだった。一枚一枚の花弁が幻想的な月光を照り返し、夜闇の中だというのに月下の山桜は優美に輝いていた。

星空の下、儚く輝く山桜はあまりに蠱惑的だった。
私は呼吸することさえ忘れて、山桜を見つめていた。

手を伸ばせば届きそうな満天の星空ではなく、妖艶な美しさで輝いている月ではなく、一本の山桜だけに目を奪われていた。
夕闇峠山頂で雄大にそびえる老木。山桜は染井吉野と違って、花の開化と同時に葉も出てくる。薄桃色の花だけしかない儚い桜と違い、この山桜には野に咲く力強さを同時に感じられた。

あまりに美しいモノには恐怖を抱く。
その魅力に心を奪われ、未来永劫囚われてしまうような錯覚。
人を狂わせるほどに美しい山桜。夜天に煌めく数多の星よりも眩しい花を咲かせる妖の老木。誘蛾灯に引き寄せられる虫達のように、私は山頂の山桜に導かれた。
怪談の噂など忘れて、私は山桜の間近にまで寄っていた。
年月を経るほどに樹は力強くなっていく。悠久の時を重ねた山桜は大いなる自然の象徴となって見る者を圧倒し、魅了していく。私の意志ではない何かが引き寄せられているような錯覚さえ感じた。

長い月日の重みを感じられる桜の幹に触れた瞬間。
どこか懐かしさを感じさせる笛の音が聞こえた。

古き時代を想起させる懐古の旋律。日本古来の歴史を感じさせる笛、これは雅楽などで使われる笛の音だった。
しかし、一体誰が笛を吹いているのだろうか。聞こえてきた笛の旋律があまりに優雅であったため思わず聞き入ってしまったが、こんな峠の頂上に私以外の誰がいるというのか。

ふと思い出したのは、元々の目的であった怪談の鬼だった。



「人の子が訪れるとは珍しいな」



夕闇峠の山桜には鬼が出る。
声が降ってきた方向、すなわち幻想的な桜を咲かす枝の方を見上げてみると、そこには立烏帽子を被った平安貴族のような男がいた。彼は太い枝に腰掛けて、愉快そうな笑顔を浮かべて私を見下ろしていた。

あぁ、彼は人間ではないんだな……。
自分でも不思議だったが、自然とそう感じられた。

狩衣を纏った男はまるでスローモーションのようにゆっくりと優雅に枝から飛び降り、私の目の前に降り立った。美しいモノには恐怖を抱くものだが、彫刻のような精緻な顔立ちした鬼の姿に私は思わず息を飲んでしまった。

鬼とは隠(おぬ)だ。
見えないモノ、この世ならざるモノを指す。
牛の角に虎の毛皮を纏った大男というのが一般的なイメージだが、怨霊などといった側面も持つ。見目麗しい女性となって人を欺く鬼もいたそうだ。

私の目の前に降り立った鬼は、本当に恐ろしいほど美しい鬼だった。
この世ならざる幻想的な美しさが私を一瞬で魅了した。



「もろともに、あはれと思へ、山桜……」



「……花よりほかに、知る人もなし……」



一陣の風が吹き荒れた。
世界を埋め尽くすような桜吹雪が私と鬼を包み込んだ。
幻想が世界を覆い尽くし、私達を現し世から隔絶するようだった。
遥かなる幻想の世界へ誘う桜吹雪。もっと吹き荒れてほしいと願ってしまうのは何故なのか。降りしきる花弁を一身に浴びながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。


















で、何故こんなことになったんだろう?
目の前の光景を見ながら、私は首を傾げずにはいられなかった。

大宴会。
今のこの状況を一言で説明するならば、多分この言葉が適当だろう。更に一言付け加えるならば、花見、という単語。どこにでもあるような花見の大宴会が開かれていた。

ただし、酒に御馳走にと乱痴気騒ぎをしているのは人間ではなかった。
月光に照らされた夜桜の下、花見の宴会をしていたのは、鬼と妖怪と幽霊達だった。

妖孤達が小骨を鳴らして火を吹いたり、化狸達が茶釜に変じて芸をしたり、犬神と猫又が手を取り合って踊っていたり。古来より浮世絵師などに描かれた妖怪達がそのままの姿でドンチャン騒ぎをしていた。
宴会に参加しているのは、かの有名な絵師に描かれた妖怪達だけではなかった。ひとりでに動く傘の妖怪がいると思ったら、唐傘お化けではなく、ビニール傘お化け&ブランド傘お化けだった。付喪神も時代と共に変化していくようだ。携帯電話や家電の付喪神が、古箪笥とか手鏡の付喪神に酌をしていた。妖怪の世界も年功序列の縦社会らしい。
古今の妖怪達の合間には薄らと揺らめく幽霊達もいた。こちらも落ち武者から旧日本軍の軍人みたいに年代の違う人達がたくさんいた。

正直、不思議な光景だった。
私はそんな宴会の様子を鬼の隣に座って眺めていた。私の隣にいる美麗な容姿をした鬼は、桜の幹に背中を預けて花見酒を楽しんでいた。


「どうした客人、箸が進んでおらぬな?」
「えっ? あ、その……」


宴会場には漆塗りの重箱に綺麗に盛り付けられた豪華料理が並んでおり、私の目の前にも用意されていた。見た目や香りも高級感が漂っていて、山登りで空腹になっていた私の胃袋を刺激していた。
確かに美味しそうなのだが、狐の給仕から出された料理なんて不気味で食べる気が起きなかった。豪華そうに見えて実はネズミだったりするかもしれないし。

「口に合わぬか? それとも不気味で口に出来ぬか? 安心せい、黄泉戸喫ではないから、人間が食ったところで害はない」

そんな物騒な単語を出されると更に食欲が減退する。
黄泉戸喫とは、黄泉の国の食事をしてしまうことだ。黄泉の国の食べ物を一口食べてしまえば、現世には二度と戻れなくなるそうだ。

「ふむ。今のは余の冗談が悪かったか。まぁ、妖から出された物を警戒するのは当然か。それもまた詮無きことよ。ならば、酌でもしておくれ、人の子よ」

「あっ、はい……」

それくらいなら断る理由はない。
私は近くの徳利を手に取り、鬼の手にある猪口に酒を注いだ。鬼は注がれた酒を一気に飲み干した。

「それにしても、肝の据わったおなごよのぅ? 普通、物の怪と出くわせば恐れ慄くものではないか?」

「あぁ……、私、昔からこういうのよく見ますから」
「ほぅ? もしや陰陽師の家系か?」

「いえ、普通のサラリーマンの家系です。祖先は農家ですし」

平安時代の狩衣姿をした鬼に、現代語であるサラリーマンが通じるのかと疑問に思ったが、普通に通じたようだ。もしかたら、ただ流されただけかもしれないが。

「ふむ。して、ヌシの名は何と言う?」
「…………」

私は眉をひそめて口を閉ざした。
妖怪に名前を聞かれて答えるのはよくないことだと聞いた。

「別に名前を聞き出して言霊で縛ろうなんて思っておらぬよ。だが、人に名を聞くなら、先に名乗るのが道理か」

鬼は顎に手を置き、何か考え込むように首を傾げた。

「余のことは、保昌と呼べ」
「やすまさ? 藤原の?」

「笛は嗜むが、追剥に知り合いはおらぬよ」

山桜の鬼、保昌は漆の塗られた笛を見せながら微笑んだ。
名前は明らかに今考えて適当に付けたっぽいが、突っ込みを入れるのは止めておこう。別に妖怪が真名を隠すのは当たり前のことだし。

「この時代の子等は学があると知ってはいるが、ヌシはその中でも飛びぬけている気がするのぅ? 妖の知識も持ち合わせておるしなぁ? どこで学んだのじゃ?」

「えっと、昔から幽霊やら妖怪が見えるというので、民間のお祓い師って感じの人の所に預けられたことがありまして、そこで色々と教わりました。で、私自身も色々と興味をもちまして、その人の所から出た後も独学で勉強したりしてます」

「ほぅ……。で、実際に余のような妖と話すのは初めてか?」
「……そうですね。こうして腰を落ち着けて話すのは初めてです」

普段は怖いので、見ないようにしているし。

「……そう怖がらずとも、今のご時世、人間を襲う妖などさして多くないんじゃがな」

「そうなんですか?」

と私が相槌を打つと、保昌は猪口を差し出してきた。
酌をしろ、ということか。私は手に持っていた徳利で再び保昌の酒を注いだ。猪口に酒が入ると今度は一気に飲み干さず、保昌は舐めるように酒を一口啜った。

「……今は妖も人間と共存している世の中じゃ。ヌシより少しばかり霊力の強い者達が集まり、そういう組織を作っておる。今の世の妖のほとんどは、無暗に人間を襲うことはせぬよ。まぁ、ゼロではないが、やはり組織によって抑えられておる」

「へぇ、知りませんでした。そんな組織があるんですか?」

少し興味の湧く話だった。
霊を見える人間が私だけではないだろうと思っていたが、そんな人達が集まって、人間と妖怪の共存を目指す組織を作っていたなんて考えたこともなかった。

「あぁ、ある。だが、組織がなくても今の妖は人間を恐れておる。ヌシが生まれるより数十年前に起こった戦争、あれが一番のキッカケじゃろうな。特に広島と長崎の一件は衝撃的であった。あれで妖達は今の人間の恐ろしさを思い知った。人間と戦えば、あのような目に遭うかもしれん、とな……」

数十年前の戦争、広島と長崎、すなわち第二次世界大戦の原爆投下のことを指しているのだろう。確かに、教科書を読むだけでも衝撃的だったのだから、実際に体験した妖怪達にはどれだけの恐怖を与えたのだろう。きっとそれは戦争体験者にしかわからない気持ちだろう。

今の世界は、妖怪さえ脅えさせるほどに発展してしまった。それは何となく悪いことをしたような気がして、私は思わず俯いてしまった。


「だが、だからこそ共存という道へ流れたのだ。あの戦争は凄惨なものであったが、後に生まれた平和は尊ぶものじゃよ……」


保昌は美し過ぎる笑顔を浮かべ、空になった猪口を差し出した。
私はその笑顔にドキッとしながらも彼の酌をした。

「人間の進歩は目覚ましい。いずれ人間は霊能力など頼らずに我等のことを認識できるようになるかもしれんな……」

そう彼が語ると、強い風が吹き付けた。
風が吹き去った後には、山桜が再び幻想的な花吹雪を見せてくれた。舞い踊る花弁達は、ひらりひらりと私達の元へと降りてきた。
保昌が猪口を高く掲げると、その中に一枚の花弁が吸い込まれるように落ちていった。

「いくら科学技術が発展してたとしても、普通の人にも妖怪達が見えるようになったりするんでしょうか?」

「余にこの時代の学問を説いてくれた者は、いずれ可能じゃろう、と答えておった。いろいろと難しい講釈をしてくれたが、要約すると余達はこうして確かに存在する。存在する者を確認する技術は必ず確立する。といった感じだったかのぅ?」

桜の花弁が入った猪口を眺めながら、保昌は更に語った。

「科学的に言うならば、人間の視覚とはすなわち光を取り入れることによって初めて物体を認識できるそうじゃ。そして、人間の目では全ての光を見ることが出来ない。人間が認識できない領域の光が存在する。余達はそうした人間の知覚できない領域の光にいる存在であり、その光を機械などによって補足することが出来れば、人間は余達の存在を知ることが出来る。……確か、こんな話だったかのぅ?」

まさか鬼に科学的な話をされるとは思ってもみなかったので、いろんな意味で目が丸くなった。

妖怪が認識できるかどうかは正直眉唾だと思ったが、保昌の言葉はあながち間違いではなかった。人間の視覚は、人間の目によって見える光だけを使い、その光の情報から外界の物質を視認していた。
光とはすなわち電磁波だ。そして、この電磁波はその全容が解明されていない。私達が視覚で認識できるのは、可視光線のみ。だが、他にも電波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線などが全て電磁波だ。そして、更には人間が解明できない電磁波の領域がある。

なるほど、妖怪達はそうした人間が未だに解明できない電磁波領域に存在しているということなのか。では、霊視能力というのは、そうした未解明の電磁波を観測出来てしまうことを指すのだろうか。
普通の人が何ともない電磁波に反応してしまう人はすでにいる。電磁波過敏症だ。一般的に言われる電磁波過敏症というと、家電や携帯電話などが発する電波などに反応するというものだ。しかし、電磁波と同様に電磁波過敏症もまだ未解明な部分が多い。

もしかすれば、妖怪達が存在する電磁波領域を過敏に反応してしまう症例があり、それを霊視能力と言うのかもしれない。

……と、そこまで真面目に考えて馬鹿らしくなった。かなりトンデモ理論っぽい。これらは全て仮説でしかない。証拠がないし、実証もされていない。言うなれば、科学的ではないという奴だ。

「本当にそうなったら凄いですね」
「そうじゃのぅ……」

と、保昌はまた酒を飲み干した。
この人の酌をするのは結構忙しい。

「今はまだ……、妖は人間達から隠れてなければならないが、いずれ全ての人と妖が手を取り合う時代が来るのかのぅ……?」

「……そうですね。来てくれたらいいな、って思います」
「まぁ、余がそれを見ることはないじゃろうがな……」

「えっ? ど、どうしてですか? ……きゃっ!?」

私の問いを拒むように激しい風が割り込んできた。
叩きつけるような強風は絶え間なく吹き付け、周囲を埋め尽くすような量の花弁が散った。一面を覆い尽くす花弁の渦、それはまるで桜色のカーテンだった。現との繋がりを分かつ山桜の領域。

圧倒的な桜吹雪に包まれると、どこか別の場所に連れて行かれるような錯覚を感じる。そんなことがあるはずないと理解していても、不思議な恐怖感が湧き上がってきた。

桜吹雪が止むと、春の儚さを嘆くような笛の音が聞こえた。

その幻想的な音色は保昌が奏でていた。
月光を浴びて笛を奏でる保昌の姿はまさに月下弄笛図。
いや、見事に咲き誇る桜の下で演奏しているのだから、桜花弄笛図と言った方がいいかもしれない。

曲の名は知らないが、郷愁を呼び起こす幻想的な旋律だった。自然と涙が込み上げてくるような胸を締め付ける感覚。あまりに儚くて、それは今生の別れを象徴する辞世の句のようだった。


「いずれ人と妖の時代が来る。だが、それは先の未来。間もなく散ろうとする余には見れぬ未来よ……」

「ち、散るって……。まさか……」
「今宵、余は円環の理に還るのじゃよ……」


少なからず衝撃的だった。
保昌とはまだ出会って間もないが、それでも今宵で死ぬと聞かされれば、やはり悲しかった。少なからず関わり合ってしまった人物、いや、鬼と別れるのは寂しいことだ。


「近いうちに、この夕闇峠に人間の手が入る」
「あっ……」


保昌の言葉で思い出した。
私がわざわざ夕闇峠の怪談を確かめに行かされたのは、近いうちに夕闇峠が開発されるからだった。地元住民は反対しているが、夕闇峠の頂上に病院を建てるという計画が持ち上がっているらしい。
何故、交通の便が悪い山頂に病院を建てるのか。それはアクセスが不便であるが故に意味がある病院が必要だったからだ。終末期医療、緩和ケアを目的とした独立施設。教会も併設されると聞いた。

「余はこの山桜に宿る……、いや、封印された怨霊。見てみよ、幹に刃物を突き立てたような跡があるじゃろう?」

鬼が指差す方を見ると、確かにそれはあった。
あまり目立たないが、巨大な幹の中心には人が付けたと思われる小さな傷跡があった。

私は幹に近付いて傷跡を覗き込んでみると、その奥には何か金属片らしき物が残っていた。暗くてその金属片がどんな物なのかはよく見えなかった。随分としっかり刺さっているようなので、明るくても確認できたかどうかは不明だった。

「古来より日本では、まつろわぬもの……鬼や怨霊などは巫に鎮められ、守り神として崇められるようになる。余もかつては人を祟る鬼であったが、こうして鎮められて山桜に封印された。
 かつては鎮守の社もあったのじゃよ……。しかし、小さい物じゃったからな、天災によって破壊され、いつしか人々の記憶から忘れ去られた……。残っているのは余を封じるために放った矢の鏃だけよ」

山桜に刺さっている金属片は鏃だったのか……。
矢は古来より神事で用いられ、鬼を祓う弓矢があると聞いた覚えがあった。

「その鏃が最後の封印なのじゃ……。それがなくなければ、余は再び人を祟る鬼に堕ちる……。今の余にとって、それは本意ではない……。だから、この山桜が切り倒されてしまう前に消えるのじゃよ」

「そ、そんな……」

思わずうるっと来た。
元々涙腺が弱いので、すぐに涙が溜まってしまうのだ。

「で、でも、保昌さんが消える必要なんてないんじゃないですか! えっと、ほら……、確か御霊移しだっけ? 神様を他の場所に移動させることって出来るはずじゃ……」

御霊移しという言葉は一般的に馴染みがないと思うが、例えば神輿などを思い出してほしい。神輿は本来、移動する際に座する乗り物なのだ。普通に思っているより多く、神霊というものはアチコチ移動しているものなのだ。

「……そういう意見ももらった。じゃが、余はこの桜が好きなんじゃ……。この桜以外の場所など行きとうない……」

「保昌さん……」
「余のことを想い、悲しんでくれるのか、人の子よ……」

ふわっと狩衣の袖が私の涙を拭った。
いつの間にか私は保昌に抱き締められていた。
人あらざる存在に抱き締められた感覚は実に不思議な感覚だった。
冷たい。少し季節外れの海に浸かっているような肌寒さ。
だから、胸が熱くなるのは私自身の熱のせいだ。


「あ、あああ……、あの……」
「人は温かいな……」

「そ、そそそ、そうですか……」

「さて、泣き止んだのなら去るがいい、人の子よ……。夜の終わりは近付いている」


辺りはまだ暗い。
だが、夜の終焉は確かに近付いていた。
満天の星が輝く漆黒の空は、緩やかに濃紺へ変化していく。星は一つ一つ消えていき、夜闇は遥かなる蒼によって駆逐されていく。青空と違う不思議な蒼空が世界を覆い尽くす。
日の出直前、世界が蒼に支配されるこの時間帯をブルーアワーと呼ぶ。

あと十数分もすれば、深く美しい蒼空は白き薄明によって食い潰されるだろう。地表には燃え立つような紅の朝焼けが。そして、黄金の太陽が昇って新たな朝が訪れるだろう。
朝日は静かな光だ。空を強い赤で染め上げたりはしない。優しく包み込むように、ゆっくりと夜を終わらせていく。


「彼は誰ぞ……。妖が支配する時は間もなく終わる……」
「保昌さん……」


一陣の風が、山桜を激しく散らせていく。
朝の蒼色に散り逝く桜吹雪は、どこか物悲しかった。
そう感じさせるのは夜の終焉が近いからか、それとも私の今の心境がそう映させるのか。


「まるで桜は、春の雪のようじゃのぅ……」
「春の雪……」


あぁ、確かに……。
桜の花弁が大量に散り逝く様子を桜吹雪というが、確かに桜と雪はよく似ている。その美しさも、儚さも。


「山里の 緑に溶けし 春の雪」


聞いたことのない歌だった。
不思議そうに保昌を見上げると、彼は端正な顔立ちで微笑んでいた。


「下の句はヌシが考えておくれ……」
「えっ……? 私が……?」

「さぁ、帰るがいい、人の子よ……」


保昌がそう言った瞬間、彼の身体が無数の桜の花弁と化し、凄まじい桜吹雪となって私を突き飛ばした。嵐の暴風に翻弄されるように私の身体は、まるで風船のように容易く飛ばされた。


「……ま、待って、保昌さん!! や、保昌さん!! 私、もっと貴方とお話したい!! まだ全然話せてないのに……、まだ貴方に名前も教えてないのに!!」


空を飛ぶ感覚。
視界は桜に包まれ、何も見えない。
それでも、今私は空を飛んでいると感じる。
不思議な桜吹雪に包まれ、私は黎明の空を舞っていた。
だけど、何も怖くない。それはきっと優しさに包まれているから。


「余とて名残惜しいが、彼誰時は間もなく終わる。ヌシとの語らいは楽しかったが、妖の時はもう終わりなのじゃよ。……ヌシの名を聞けなかったのは、心残りではあるがな……」

「保昌さん!! 私、私の名前は……千歳です!! 平井千歳って言います!!」

「……千歳か、いい名じゃな……」


視界覆う桜吹雪の中で、穏やかに微笑む保昌の笑顔が見えた気がした。
私の意識はそこで途絶え、朝焼けの光の中に溶けていった。




















目が覚めた時、私は自分の部屋で眠っていた。
夕闇峠の山桜での出来事、あれは夢だったのだろうか。
いつの間にか自室のベッドに寝ていた私はそう思ったが、枕元に散っている桜の花弁を見て、昨日の出来事が夢ではなかったと思い知った。

花弁を一枚手に取り、大事そうに抱き締めた。
そこに保昌の温もりが残っていると信じて。

私は身支度を整えると、すぐさま家を飛び出して夕闇峠を目指した。
昨日は闇に包まれて一歩踏み出すことも恐ろしかった山道も、朝日に照らされると爽やかな山道に変わっていた。私は朝露に濡れた道を一気に山道を駆け上って、夕闇峠の頂上へ向かった。

しかし、山頂に辿り着くと、あの美しい山桜が消えていた。
まるで始めから存在していなかったかのように、山桜はどこにも見当たらなかった。

「う、嘘……?」

有り得ない光景を目の当たりにして、私は茫然と立ち尽くした。
昨日の出来事が仮に夢であっても、夕闇峠の山桜は確かに存在していたはずだ。一夜にして消え去るなんて有り得なかった。

私は山桜があったはずの場所まで行ってみるが、そこは大木があったとは思えないただの草地だった。草を掻き分けてみるが、山桜が生えていた痕跡はどこにも見当たらなかった。

「あっ……、これは……」

草むらに落ちていたそれを見つけ、私は思わず涙が零れそうになった。
鏃だった。怨霊であった頃の保昌を封印するために使われた鏃。山桜の幹に深く突き刺さっていたそれは、今こうして私の手の中にあった。

やはり、昨日の出来事は夢ではなかった。
保昌と一緒に見た山桜は確かにここにあった。私が拾った鏃こそが紛れもない証拠だった。

「保昌さん……」

錆びた鏃を強く握りしめると、じわりと涙で視界が滲んだ。
その瞬間、視界の端に桜の花弁が舞っていたような気がした。だけど、涙を拭って辺りを見渡しても、桜の花弁はどこを探しても見つからなかった。

もう一度、貴方に逢いたい……。
保昌を想い、山桜を探す。だが、桜はすでに隠れてしまった。どこにも見つからない。もう二度と逢うことは叶わない。

桜はまさに雪。
あれほど見事に咲き誇っていた桜は吹雪のように散り、緑に溶ける雪のように消えてしまった。もう二度と逢うことは叶わない春の雪。

あぁ、どうしてもう一度逢えないのだろうか……?
もう一度、貴方と共に桜を見上げたい。

だけど、貴方も桜もどこにもいない。私は一人残され、一人で空を見上げるしかなかった。

ふと、思い出す。
保昌が残してくれた上の句を。
春の雪のように消えてしまった貴方を仄めかすような歌。
彼は私にどんな下の句を続けてほしかったのだろうか。わからない。今はもう亡き彼の気持ちなどわかるはずがない。
だけど、今の私の心を謳うのならば……。



山里の 緑に溶けし 春の雪
今ひとたびに 吹雪け山桜……



字あまり……。











あとがき

『もろともに あはれと思へ 山桜
 花よりほかに 知る人もなし』
↑は、百人一首の前大僧正行尊の歌です。

最後の短歌は自分で考えました。
歌を考えて、↑の締めが出来たって感じです。

上の句だけをうたい、
下の句は他の人に繋いでもらう
ってのは、ブロとものゆささんから
拝借したアイディアです。

おかげで締めが切ない感じになりました。
ありがとうございますねー、ゆささん(=^・^=)

今回は割と描写に力を入れた方ですが、
保昌さんの角の有無は敢えて書いてないです。
角のある鬼と思うか、そうじゃないと思うかは
読み手様の自由です。

あと、千歳がどんな格好なのかも想像自由。
格好も書こうと思ったんですが、止めました。



ちなみに、保昌の名前の由来になっている
藤原保昌という人物は、今昔物語に追剥との
エピソードがあります。笛も吹いてます。

千歳に名前を不審に思われた時に
「笛は嗜むが、追剥に知り合いはおらぬよ」
と返したのは、そういうのがあったからですね。
今昔物語を知っている人だけ「あ~」と思う返し。



あと、別れ話ってのは、
どうも釈然としないですねww
やりきれない感が……。

まぁ、でも、こういう終わりもアリかな?
と思ったり思わなかったり。
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コメント

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No title
コメントhirooger | URL | 2011-05-01-Sun 19:15 [編集]
おお‼

桜の綺麗な情景や、妖達の宴会の暖かさが綺麗に伝わって来ました‼

最後の主人公のせつなさも感じられましたし

すごく勉強になります( ̄^ ̄)ゞ
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2011-05-01-Sun 19:27 [編集]
hiroogerさん、コメントありがとうございます。

描写には結構力を入れたので、
そういう感想を頂けると嬉しいです。

No title
コメントゆさ | URL | 2011-05-02-Mon 23:57 [編集]
素敵ですねー!!ノンストップで読んでしまいました。。
こういうお話には目がないですvvv趣味的に(笑)。
それにしても、あの保昌さんを名乗るとは、結構、大胆な鬼さんだなと思いました。
それともご本人なのかな…想像が膨らみます(*^ ^*)。

不思議なものたちとの宴会…お別れ…切ないです。
でも、こういう切なさのお話は、大好きです。

あ、あとうちのブログのこと書いてくださって恐縮なのですが、
人と鬼の合作の話があるのは『撰集抄』で
わたしのオリジナルではないです…f(^ ^;)。
すみません、ちょっと気になったので。失礼いたしました。。。

そして、10000hitおめでとうございます☆
これからもがんばってくださ~いvvv
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2011-05-03-Tue 01:01 [編集]
ゆささん、コメントありがとうございます。

> それにしても、あの保昌さんを名乗るとは、結構、大胆な鬼さんだなと思いました。
> それともご本人なのかな…想像が膨らみます(*^ ^*)。

角の有無も含めて、
敢えて明言しないことで
読み手に想像させてもらおうって風に書きました。

大変でした。
いろいろ書きたい明言したいって気持ちを抑えるのがw

> 人と鬼の合作の話があるのは『撰集抄』で
> わたしのオリジナルではないです…f(^ ^;)。
> すみません、ちょっと気になったので。失礼いたしました。。。

ははは、面倒なので説明割愛しましたw
『撰集抄』の名前を覚えてなかったってのもありますがww

> そして、10000hitおめでとうございます☆
> これからもがんばってくださ~いvvv

ありがとーございます(=^・^=)
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