作家志望の不定期ブログです。
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ヘブンズ・ゲートZERO -黄昏の輝き-
2011-01-15-Sat  CATEGORY: ヘブンズゲートZERO
7777HITのリク小説です。
すっかり忘れられてそうですが、
リク小説など受け付けていたのですよww

「東雲さんの悪い子になる前の話が読みたいです。
 凪さんも出してくださると嬉しいなあ」
との水聖さんからのリクエストです。

ちょっと設定的に出していいんだろうか?
と思ったんですが、水聖さんからOK貰ったんで、
元の設定のままで書いちゃいました。

・ヘブンズ・ゲート ~精神の終焉~



ヘブンズ・ゲートZERO -黄昏の輝き-


どれほど邪悪な悪魔でも本来は輝ける天使のはずだった。
悪魔達の支配する魔王でさえ、かつては神の寵愛を受け、偉大なる神の右肩を許された熾天使だった。どれほど邪悪な存在であっても、元々は純粋で輝ける存在だったのだ。

生まれながら邪悪な者など存在しない。
もし、そんな存在がいると言うならば、それは絶対悪と呼ぶべき存在だろう。悪を支配するために生まれた悪。

だが、東雲正義という人間は生まれながらの悪ではなかった。
かつての彼は多くの人々に慕われる善良な人間だった。幾度となく挫折しても、立ち上がる強さを持った人間だったのだ。










数えるようなシミもない天井を見上げるのは退屈の極みだった。

東雲正義は天井を睨んだまま、何度目になるかわからない深い溜め息を吐いた。肩まで伸びた緩やかな長髪を掻き揚げ、東雲は陰りが潜む秀麗な表情のままで瞳を閉じた。見飽きた天井よりも瞼の裏の方が幾分かマシだったが、眠気は全く起こらなかった。

東雲が今いる場所は、病室だった。
数ヶ月も軟禁されていると、暇潰しのネタも完全に尽きる。
一人で天井を見つめていると、何故自分はここにいるのだろう、とすでに答えの出ている自問を繰り返してしまう。
布団を払いのけて、自分の足を見つめる。
まるで別人の物としか思えないみすぼらしい足だった。
これが、かつてインターハイの優勝候補と呼ばれた者の足とは思えなかった。筋力が衰えて細くみすぼらしくなったこの足こそが、今の東雲正義の足だった。


「……未練だな。いつまでもウジウジと……」


弱気な自分を叱咤して、東雲は乱暴に布団を掛け直した。みすぼらしい足が視界から消えて、少しだけ心に安寧が戻った。

空調の利いた部屋では季節感がないが、外の向こうはジリジリと肌を焼く真夏の日々が続いていた。本来ならば、東雲もあの茹だるような暑さの中でインターハイ大会に出場しているはずだった。
しかし、彼にはもうその出場資格はない。
最後の年のインターハイに全てを賭けていた少年は、突然の不幸によって二度とあの輝ける場所に戻れなくなった。

東雲から最後の陸上競技大会を奪ったのは、ある病気だった。


骨肉腫。
非常に簡単な説明をすると、骨の癌だ。
正確に言うならばその表現は間違いなのだが、おおよそ骨の癌と理解して間違いではない。悪性腫瘍のうちに皮膚や粘膜から出来たものを癌と呼び、骨や筋肉や神経などから出来たものを肉腫と呼ぶ。骨肉腫とは、その名前のとおり骨から出来た肉腫であった。
東雲正義の場合、膝関節付近に発生した。膝部分の骨が虫食いのように壊され、同時に歪な骨の形成も確認された。

自覚症状は痛みだけで、東雲は当初過度な疲労による筋肉痛だと思っていた。それがいつしか運動時のみならず、寝ている時でさえ耐え難い痛みとなり、病院の診察を受けることにした。そして、その結果こそが骨肉腫という最悪のものだった。

かつて骨肉腫と言えば、腫瘍に犯された部分を切断する以外になかった。四肢の転移も見られることがあったため、両手両足を切断することもあった。しかし、現在では治療法も増え、切断以外にも放射線治療や化学療法などもある。だが、今でも最終的には外科手術が必要となる場合が多かった。ただし、現在では患肢温存も可能だった。


東雲の足は、まだ切断されずに残っている。
幸いにも腫瘍の広がりが酷くなかったので患肢温存が出来たのだ。
しかし、手術をしたことには違いない。それはつまり、腫瘍があった骨を切除したということだ。

患肢温存手術後、その切除した部分を補填するために骨の移植や人工関節、もしくは骨の延長など欠落分を埋めなければいけない。これを再建と言い、東雲の場合は骨の延長を選択した。現在の治療法の中でもっとも理想的なもので、人工関節のように感染症や摩耗劣化の不安もなく、運動に耐えられる強度も得られる。だが、他の治療法と比べて治療期間が大分長くなるという問題があった。

おかげで東雲は随分と長い入院生活を強いられていた。だが、それでももう一度走れるようになるなら構わなかった。


術後経過は良好だった。
骨の状態は問題なく、転移防止のために化学治療を続けている。最近になってようやく杖をつけば歩けるほどに回復した。


「……俺はもう一度走る。もう一度……」


東雲の呟きは虚しく響く。
先程までリハビリに励んでいたのだが、やり過ぎということで病室に追い返されてしまった。元々優れた筋力があったため東雲の回復は早かったのだが、まだまだ長時間のリハビリは出来なかった。

足を曲げることさえ出来ないほどに衰えた足がすぐに回復することはない。理論的には再び普通に歩くことも可能であるが、そこまで至るまでには血の滲むような努力が必要なのだ。


「くそ……」


一人でいると最悪の想像しか出来ない。
もう二度とこの足は動かないのではないか。そんな想像がグルグルと脳裏をよぎり、強く保とうとする心をジリジリと削っていく。

動かそうとしても動かない足。まるで棒のようにしか感じられない。

医師から必ず回復すると説明は受けたが、このみすぼらしい足を見ていると絶望しか浮かんでこない。どれだけ整合性のある理論的な説明を受けても、ほんの些細な不安によって全てが信じられなくなってしまう。

不安と恐怖が心を押し潰そうとする。
不安は足のことだけではない。悪性腫瘍はすなわち転移の可能性がある腫瘍のことだ。手術で腫瘍部分は完全摘出したが、それでも完全に転移の可能性がなくなった訳ではない。

癌治療において化学療法が行なわれる理由の一つが、転移を抑えるということだ。投薬では癌を根治することは出来ない。だが、それでも悪性腫瘍の広がりを抑えることには大きな意味がある。手術後などでも抗癌剤が使用されるのは、取り残してしまった癌細胞の転移を抑えることが目的だった。転移、再発の際に被害を最小限に抑えるための措置。

骨肉腫の場合、転移はおよそ二年以内。その多くが肺になる。
余談であるが、東雲が生涯において煙草やジョイントを苦手とする理由の一つが肺への影響を気にしていたからだ。閑話休題。


「じっとなんて、していられるか……」


疲労困憊の身体に鞭を打ち、東雲は再び身体を動かそうとベッドから這い出した。
しかし、ちょうどその時、病室の部屋がノックされた。
東雲は慌ててベッドに戻ろうとするが、病室の主の返事も聞かずに不躾な訪問者は勝手に扉を開けた。


「入るよ、東雲!」


耳にキーンと響くような高音の声が病室に響いた。その明るい声は病室に蔓延していた暗い空気を一瞬にして吹き飛ばした。
扉の方へ向けると、案の定、見覚えのある見舞客が三人。その中の一人、爽やかなショートカットが似合う体育会系の少女が、ベッドから這い出ようとする東雲を見るなりまたキーンと響く甲高い声を上げた。

「あっ! 駄目よ、勝手にベッドから出ちゃ!」
「やかましいぞ、清瀬」

彼女の名前は、清瀬水穂。
東雲のクラスメイトであり、東雲が所属する陸上部のマネージャーであり、東雲が生徒会長を務める現生徒会の副会長でもある。東雲が好きだと公言している少女で、東雲の行くところに清瀬あり、という既成事実が彼等の通う静林学園内に出来あがっていた。

だからといって、東雲と清瀬は付き合っている訳ではなかった。清瀬の熱烈アタックを東雲がのらりくらりと逃げている、と言った感じだろうか。清瀬からの告白を受けてキッパリと断ったのだが、それでもめげずにアタックしてくるので、追い払うのを諦めたというのが正しい現状だろう。

東雲としては陸上に集中したかったので、女性と付き合うつもりはなかった。ただ、本音を言うならば清瀬のような猪突猛進の明るいタイプは苦手だった。かといって嫌いという訳でもないのだが。


「……おい、凪。清瀬を連れて帰れ」


東雲の言葉を受けて、清瀬の後ろにいた少女は苦笑いを浮かべた。
生徒会会計、凪桜。東雲達の後輩であり、次期生徒会長との呼び声高い少女だった。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能などその他諸々と三拍子も四拍子も揃った完全無欠の少女。カチューシャにこだわりがあるらしく、毎日違うカチューシャで自慢の長髪を留めていた。


「えぇ~、無理ですよ。そんなことすると、馬か清瀬先輩のどちらかに蹴られそうですし」

「蹴られてしまえ、役立たず」
「そう邪見にしなくてもいいじゃない、東雲。どうせ暇を持て余しているんでしょう?」

「っていうか、東雲はもう観念して清瀬と付き合った方がいいんじゃねぇのか?」

「いいこと言った、海原! そうだ、観念しろ!」
「おい、奏、余計なことを言うな」


見舞客の最後の一人、海原奏はギターケースを背負ったまま意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
海原は病室には場違いな紫色の髪をした少年だった。実は彼の紫色の髪はカツラであり、地毛は染髪のされていない普通の黒髪だった。昼は静林学園の生徒会書記であり、夜はナイトサーヴァントで活動するバンドのギタリスト。二つの顔を持つ少年だった。

彼等、生徒会メンバーはほぼ毎日のように東雲の見舞いに来ていた。当初は東雲を心配して見舞いに来ていたのだが、今では生徒会の雑務を押し付けるために来ているとしか思えなかった。今も海原の鞄には、どっさりと承認待ちの書類が詰まっているだろう。


「お前等、もう帰れよ」
「はいはい、釣れないこと言わない」


勝手知ったる他人のナンタラといった感じで、清瀬はベッドに一番近いパイプ椅子に腰掛けた。
何を言ったところで清瀬は止まらないので、東雲も諦め気味に溜め息を吐いた。このまま流れで付き合うのは避けたかったが、この惰性的な流れ自体は嫌いではなかった。

清瀬は聞いてもいない学園の話をたくさんしてくる。東雲は適当に聞き流しているように見えて、実はしっかりと話を記憶していて、学園にいないというのに学園内の事情をほぼ完全に把握していた。

東雲個人が気になっていたのは、やはり陸上部のことだった。有力選手だった東雲の欠場が響き、今年はロクな結果を出せなかったようだ。
その話を聞いて東雲の胸中は複雑だった。自分が所属する部の結果が悪かったことは残念だが、他の選手が目覚ましい活躍をしたとしても、きっといい気分になれたとは思えなかっただろう。とどのつまり、今の心境ではどんな話を聞いても気分が優れることはないということだ。


「清瀬、マネージャーの仕事はちゃんとしてんのか?」
「えっ? 東雲のいない陸上部なんかに興味ないわよ?」

「……おい」

「冗談よ。もう、そんな怖い顔しない」


とても冗談には聞こえなかったのだが、深くは追求しなかった。事実がどちらでも今の東雲にとっては正直どうでもいいことだったからだ。

「ただ、やっぱり活気がないっていうか。まとまりがないというか。今までは東雲が率先して部をまとめてたから、代わりになる人がいないのよね。練習もいい加減だし、サボる奴も出てきたし」

「……腐ってやがるな」
「じゃあ、東雲先輩が退院したらビシッと言わないといけないですね」

凪の言葉に、ベッドの上の病人は思い切り顔をしかめた。

「はァ? 冗談じゃねぇぞ。俺はこの足のせいで引退したんだぞ? 今更あいつ等に何を言うんだよ?」
「そうよ、東雲がそんなことする必要なんてないでしょ」

「そうでしょうか? 私は東雲先輩だからこそ言わないといけないと思います。このまま東雲先輩の大切な陸上部が駄目になっていったら、絶対東雲先輩のためになりませんよ」

「東雲には私がいるから大丈夫よ」
「勝手なこと言ってんな」

東雲は清瀬の頭を軽く叩いて黙らせる。

「大体、俺のせいで腐った奴等に何を言えっていうんだ」

東雲には陸上部の部員達が腐った気持ちが痛いほどに理解できる。
目標達成前に大きな転倒をしてしまい、二度と挽回すること出来ない。そんな状況で立ち直れ、というのは辛過ぎるだろう。どれだけ頑張っても、かつての目標には決して手が届かないのだから。

「今の陸上部の現状は東雲先輩の責任じゃないです。各々の心の弱さのせいです。東雲先輩が病気になったからって、他の部員まで自暴自棄になるって理屈自体がおかしいんです。今、一番辛い東雲先輩がこうして頑張っているのに、勝手に諦めているヘタレ達には、先輩からビシッと何してんだ~って言わないと」

「…………」

凪の真っ直ぐな言葉が東雲の胸を打つ。
骨肉腫を発病してから、東雲の思考は大分後ろ向きになっていた。陸上部の変化も全て自分のせいだと思い込んでいた。だが、そうではない、と凪はキッパリと断じられた。そのことを嬉しく思いつつ、そんなことを後輩から教えられたことを恥ずかしくも思う。

「東雲はそんなことしなくてもいいのよ。もう引退したんだし、部活のことなんて……」

「……いや、凪の言うことも一理あるな。人のせいにしてヘタレている馬鹿共に説教を飛ばすのも悪くない」

「えっ……?」
「そうなると、いつまでも入院している場合じゃないな」

「張り切り過ぎて無茶しないでくださいね。さっきここに来る途中で看護師さんから、東雲先輩に無理をさせないようにって注意されたんですから」

「ちっ……。余計なことを……」

東雲は軽く舌打ちをした。
せっかくのやる気も身体が付いていかない現実が歯痒かったが、先程までのようなネガティブな感情は湧き上がらなかった。

凪のおかげだろうか。
そう考え掛け、東雲はその考えを否定した。
孤独で病室に閉じ込められているより、こうして友人達と話しているだけで気持ちは随分と上向きに変わる。ただそれだけだ、と東雲は結論付けた。


「…………」


清瀬は無言のまま凪を睨んでいた。
ちょうど東雲から背を背けているような形になっているので、東雲は清瀬がどんな表情をしているか見えていなかった。いや、見えなかったというより、清瀬が意図的に見せないようにしていたという方が正しい。
清瀬の鋭い眼光に気付いた凪は気まずそうに俯いた。


「まぁ、そんな腐った部活のことは置いといてさ」
「腐った部活って……。奏、お前な……」

「またライブで盛り上がりそうなイベント考えてくれよ。っていうか、むしろ腐った部活なんて放置して、サークルの方にも本格的に協力してくれよ」

「あァ? サークルってアレか? 蛇か?」


イベントサークル蛇。
数年後に風城市最大のイベサーとなる蛇だったが、この当時はまだ数名だけの小規模サークルだった。
そして、その蛇の創始者は東雲正義だった。

発端となったのは、海原奏が所属するバンドを盛り上げるため、東雲がイベントを企画したことだった。東雲は暇潰しとして手伝っただけだったのが、東雲の企画が好評を博したため、海原から何度もイベントを企画してくれ、とせっつかれるようになってしまった。それが元で蛇が風城市最大のイベサーとなるのだが、それはまさに余談であった。


「知るか。っていうか、バンドの質を上げろ。そうすれば、イベントなんか凝らなくても客が入るだろ?」

「ケチケチすんなよ。どうせ暇だろ?」
「ちっ……」

「あっ、そうそう。他のメンバーのアイディアなんだけどさ。蛇の名前に因んで、創始メンバー全員で同じ蛇のタトゥーを入れないかって話なったんだけどさ……」

「お前等と揃いのタトゥーを入れろってのか? 冗談じゃない」


ウンザリした顔で海原の提案を拒絶する東雲だったが、この数ヶ月後には結局、蛇のタトゥーを入れることになる。
そして数年後、東雲達のタトゥーは『創始の蛇』と呼ばれるようになる。創始の蛇は、蛇の創始メンバーだけに許された特別なタトゥーであり、このタトゥーを持つ者は蛇のメンバーの尊敬の対象であった。また、ナイトサーヴァントで開催されるイベントの顔パスで参加など、様々な優遇を得られることになる。今はまだ関係のない話であるが。

「企画は考えてやるが、タトゥーの件はお断りだ」
「何でだよ? いいじゃねぇか?」

「黙れ。お断りだと言っただろう」
この不毛なやり取りが数ヶ月も続くこととなるのだが、それはまた別のお話。


「大体、俺は蛇のメンバーなんかになる気はないんだ……って、おい。凪、そろそろ時間じゃないのか?」

「えっ? あぁ、そうですね」


凪が東雲に指摘されて時計を見ると、もう帰らないといけない時間になっていた。凪には年の離れた弟がいて、その弟の面倒をみるために早く帰宅しなければいけないのだ。


「あ~、もう結構な時間になってるな」
「……お前等、駄弁りだけが目的なだけなら、もう来るなよ」

「ははは……。じゃあ、私はこれで失礼します」

凪は東雲達に一礼をして病室を出ていった。
普段ならば帰るのは凪だけだったのだが、珍しく清瀬も帰ると言い出した。

「……じゃあ、私もこれで失礼するね」
「んっ? 珍しいな、清瀬。もう帰るのか?」

「まぁ、たまにはね……。じゃあ、また明日」

素っ気ない言葉だけを残して、清瀬は凪を追うように病室を出ていってしまった。いや、実際に追っていったのだろう。一瞬だが、清瀬の冷たい眼光が東雲に見えてしまった。
残された男二人は顔を見合わせると小さく溜め息を吐いた。
清瀬が陰で凪に対して辛く当っているのは東雲達も気付いていた。しかし、どうにもできないというのが現状だった。

清瀬は凪に嫉妬している。凪桜は容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、あらゆる分野で様々な表彰を受ける才女だ。それだけでも充分羨望に値する。だが、清瀬にとって何よりも許し難いのは、東雲が凪の能力を非常に高く買っていることだった。

清瀬としては凪のような優秀で美しい女性が東雲の側にいるだけで不愉快なことだった。たとえ、清瀬が東雲と付き合っていなくても、嫉妬という感情はどうにもならない。東雲も凪に対して恋愛感情は抱いていない、と清瀬に言ったことがあるのだが、事態の改善にはつながらなかった。むしろ、逆効果だったのかもしれない。


「……いいのか、放っておいて」
「これ以上、俺にどうしろって言うんだ?」

「お前が清瀬と付き合えば全て丸く収まる問題じゃねぇか?」

「その選択肢は有り得ないな」


東雲は今のところ特定の女性と付き合うつもりはなかった。女性に興味がない訳ではないが、束縛されるのが面倒なだけだった。特に清瀬と一緒にいると、そう思う。

決して清瀬のことが嫌いな訳ではなかったが、東雲は彼女と付き合うことなど考えられなかった。性格以前に価値観があまりに違い過ぎる。東雲は清瀬と付き合ったとしても、一ヶ月で破局すると踏んでいた。

「清瀬のことがそんな嫌いなのか?」

「別に嫌いじゃないさ。友人としては好きだな。だが、付き合うとなると話は別だ。鬱陶しく束縛してきそうだし、嫉妬深くて面倒だ。お前だって俺があいつの付き合ってうまく行くと思うのか?」

「いくんじゃねぇの? SとMで相性ピッタリだろう?」
「まぁ、そっちは合いそうだな。従順な奴隷にしてやる自信はある」

「ははは、ナニの自信だよ!」

「ふっ……。まぁ、そういう主従の関係を築くならともかく、恋人として俺があいつに優しくしている姿を想像できるか?」

「……あ~、無理。全然想像できねぇや」

紫髪のギタリストの言葉を受けて、東雲は苦笑した。
友人の目から見ても、東雲と清瀬は上手くいかないらしい。それを東雲自身は悲しいとは思わないが、少しだけ清瀬に同情してしまう。

東雲は清瀬の想いに応えるつもりは毛頭ない。陸上に集中したいというのは建前で、実際は好みのタイプではないからだ。性格も合わないという確信もあった。だから、適当なことを言って断っているのだ。


「じゃあ、凪の方はどうなんだ?」
「……凪か……。あれは確かにいい女だな」

「惚れてんの?」

「まさか。清瀬とは別の意味で合わんよ」


凪桜は愚直過ぎる。
どこまでも真っ直ぐで決して曲がらない。
目を背けたくなるような現実にだって真正面からぶつかっていく。
いつも小手先の技術で器用に立ち回る東雲正義にとって、凪桜という少女は眩し過ぎた。東雲は彼女のように愚直でいられる自信はなかった。失敗や過ちを重ねると知りながらも、自分の信じる者を真っ直ぐ貫ける凪の強さは尊敬できる。
だが、だからこそ東雲にとって凪は触れがたい存在だった。

「まぁ、だけど、清瀬よりは気に入っていると?」
「そうだな。で、それが清瀬の逆鱗に触れてるんだよな?」

女というのは面倒だ、と東雲は大袈裟に溜め息を吐いた。

「わかっているなら、どうにかしろよ」

「残っている手段は、希望も未練もなくなるくらい後腐れなく清瀬を振る、くらいしかないぞ?」

「凪を生徒会から辞めさせるって選択肢はないのかよ?」

「ないな。凪と清瀬を選ぶなら、俺は凪を取る。で、お前は清瀬の方を取りたいんだろ?」

「なッ……!? お、お前、気付いてたのかよ!?」

海原が清瀬に気があるのではないか、という疑惑は以前からあった。海原が清瀬を何度も励ましている姿を見かけたし、クラスや生徒会などでも清瀬のことを贔屓していた。


「奏、清瀬に惚れてるなら、お前があいつをどうにかしろ。俺はあいつと付き合ったとしても幸せには出来んし、あいつを幸せにできるのはお前だけだ」

「…………」

「わかったなら、こんな病人の相手なんかしてないで、とっと清瀬を追いに行け。あいつ、このまま凪をいびっていると、矯正不能なくらい歪んじまうぞ」

「…………」

「どうした、さっさと行け。目障りだ」
「……ちっ、わかったよ。じゃあな」


海原は軽蔑したようにそう言い捨てると、それ以上何も言わずに病室を後にした。
バタン、と乱暴に扉を閉める音を最後に、再び病室に重苦しい静寂が満ちた。再び一人になってしまった東雲は、静かな病室の中で小さく溜め息を吐いた。

気分は最悪だった。

数日後、見舞いに来た凪から清瀬と海原が付き合い始めたことを聞いた。そして、東雲が退院するまで二人が見舞いに来ることはなかった。










リハビリの厳しさは体験した者にしか理解できないだろう。
かつて当たり前のように出来た行動を、当たり前のように出来るようになるまでの辛さ。無論、肉体的な辛さも相当なものだ。歩くための筋力を一度失うと、再び歩けるようになるまでに厳しいリハビリを繰り返さなければならない。

健常者であっても筋肉量を増やすには相当な運動をしなければならないのと同じだ。筋肉は相応の運動をしなければ増加はしない。まして、一度歩行に必要な筋力を失った状態から、運動をすること自体がまず苦しい。そして、動くことさえ苦しい状態から、筋肉増加に必要な運動をしなければいけないのだから、肉体的な辛さはかなりのものだろう。

だが、一番辛いのは精神的な辛さだ。
たとえ、目の前に希望があったとしても、そこに至るまでの道のりはあまりに厳しい。元々病気になったことで精神的に弱っている部分と、リハビリによる肉体的な苦痛。加えて、なかなか進展しない現状。

気持ちを強く持続するのは難しい。
最初はどんなに熱い意気込みがあっても、冷たい現実はあっという間に心の熱を奪っていく。寒さに凍えた心がポキッと折れてしまうことは想像に難しくないだろう。

そのためにリハビリ専門医やリハビリ看護師などいる。専門知識と心理的支援によってリハビリを受ける本人や家族などをサポートする。

東雲もその支えを実感していた。
苦境の中で精神の在り方。精神的な支えの有無によっての人の感情の在り方。東雲はそうした精神の有様をこの入院生活で学んでいた。そして、それを学んだ彼が後に何を成すかは、また別の話だった。


「今日も頑張ってますね、東雲先輩」
「あァ? てめぇ、微妙に上から目線だな?」


平行棒による歩行訓練を終えた東雲がリハビリセンターの一角で休んでいると、凪が見舞いに訪れた。

「別にそんなことないですよ。卑屈ですね」
「誰が卑屈だ」

「まぁ、そんなことよりリハビリの調子はどうですか?」

「ちっ……。さっきお前が見てたとおり無様なもんだよ」
「無様だとは思いませんが、卑屈だとは思います」

「卑屈にこだわるな、この野郎」

失礼な後輩だ、と東雲は愚痴りながら側にある車椅子を掴んだ。
以前、凪が介添えを申し出たことがあったが、東雲に強く拒絶されていた。だから、凪はただ黙って東雲が車椅子に移るまで見ていることしか出来なかった。

清瀬や海原が見舞に来なくなってからも、凪は律儀に毎日見舞いに来ていた。それに対して東雲は特に何も言わないが、内心では素直に感謝をしていた。
女の前で無様を晒したくない。だから、多少は格好つけるために頑張れる。くだらない男のプライドだが、男はそんなくだらない物で本気になれる。


「そういえば、奏と清瀬は上手くいっているのか?」


リハビリセンターから病室に戻る途中で、東雲はそんなことを訪ねてきた。

凪はその質問を受け、少しだけ目を丸くした。
二人が見舞いに来なくなってから、ほとんど口にしなかった話題だったので、凪は東雲が意図的のこの話題から避けているのだと思っていた。

「何だ、俺があいつ等のことを気にしたら悪いか?」
「いえ。むしろ、気にし過ぎてたから今まで話題にしなかったのかな~って思ってたんですが」

「あァ? 別に俺は気にしちゃいねぇよ。話題にしなかったのは、そもそもあいつ等自体に大して興味がないからだ。奏にしろ、清瀬にしろ、俺の能力に群がってくるだけのコバンザメみたいなもんだ。そんなものをいちいち気にしてられるかよ」

それはそれで酷いな、と凪は内心で苦笑する。
あの二人には悪いが、コバンザメという表現はあながち間違っていない、と凪は思う。しかし、さすがにそれを口に出すのは憚られた。

「じゃあ、今聞いたのはどうしてですか?」
「お前が最近俺のところにばかり来るからな。そろそろ話題が減ってきたんだ」

「あぁ、なるほど」
「で、苛められてないか、お前?」

「いえ、それはないです。海原先輩と付き合いだしてから清瀬先輩も随分大人しくて助かってます」

それは暗に海原と付き合う以前にいろいろあった、ということだろう。東雲はいい機会だと思ったので、そのことについても聞くことにした。

「じゃあ、それ以前はどんな目に遭ってたんだ?」

エレベーター前に辿り着いた東雲はボタンを押して、エレベーターの到着を待った。周囲には看護師や見舞客が行き交っているが、エレベーター前には東雲と凪だけだった。

「まぁ、よくある陰湿な苛めです。あとは、夜道で刺されそうになったくらいです。ほら、清瀬先輩が最後に見舞いに来た日に」

周囲に誰もいないということで、凪はサラリと凄いことを暴露した。
凪は嘘を言うタイプではないし、冗談でも人に心配を掛けるようなネタは使わない。ただ、馬鹿正直だった。つまり、今の発言は事実ということだ。

実際、凪は本当に清瀬に刺されそうになった。
だが、幸か不幸か、凪はそういう事態に慣れていた。

さすがに刃物を向けられる経験は滅多になかったが、粗暴な男子に目を付けられて襲われそうになって撃退した経験はたくさんあった。嫉妬に狂った女子に刺されそうになったことも過去に二度ほどあった。
そうした事態に慣れていたため、無駄に護身術にも長けていたのだ。元々、凪は女子剣道部のエースとして常人離れした反射神経を持っており、こうした荒事の対処は得意な方だった。


「……とんでもないな」

「なんというか見境ないんですよね、あの人。でも、私を相手にナイフ一本で勝てると思うなんて甘いですね」

「いや、とんでもないのは清瀬じゃなくてお前だよ、凪」
「えっ? 私が? どうしてですか?」


本気で不思議そうな顔をしている凪に、東雲は大きく溜め息を吐いた。
と同時にエレベーターが到着した。二人はエレベーターに乗って東雲の病室のある階まで登った。

「まぁ、いいさ。お前には怪我はなかったんだろ?」
「当然です。まぁ、清瀬先輩にはこれまでの恨みも込めて派手に転倒してもらいましたが、あれくらいは怪我のうちに入りません」

実に清々しい笑顔を浮かべる凪。
正直過ぎるのも問題だ、と東雲は苦笑した。

「でも、清瀬先輩ってあんなに東雲先輩のことが好きだったのに、あっさりと海原先輩と付き合っちゃいましたよね?」

「あァ~……、そうだな。清瀬のことだから、とりあえず海原で妥協したってところか。もしくは、海原と一緒にいれば俺の側にいられるって口実になるからか……」

「あ、あの、純粋に清瀬先輩が海原先輩を好きって可能性は……?」
「……まぁ、それは五パーセントくらいか?」

「ひ、低いですね……。可哀想です、海原先輩……」

「だが、実際そんなもんだろう。お前も清瀬が本気で海原のことを好きだと思えるか?」

「いえ、全く」
「はっははははははは!! くっ……。ぅう……。はぁ、はぁ……」

凪の容赦ない一言に東雲は爆笑した。衰えた身体には笑いという行為も結構な苦痛だった。
馬鹿笑いをし過ぎたせいで身動きが取れなくなってしまい、病室のある階に到着しても東雲は動けなくなった。そのため不本意ながら凪に車椅子を押してもらうことになった。


「でも、恋愛ってよくわからないです。東雲先輩のことがまだ好きなら、どうして他の人と付き合えるんでしょうか?」

「お前みたいに真っ直ぐで馬鹿正直な奴にはわからないだろうなぁ」
「なんか微妙に馬鹿にされている気がします」
「気のせいだ」


凪に車椅子を押されながら東雲は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「そういえば、お前は誰に告白されても全部断っているな? あれか? 女の方が好きなのか?」

「あっははは♪ その台詞をそっくりそのまま返しますよ。先輩、実はホモですか?」

「はははは! 愉快なジョークだな」
「うふふ、でしょう?」

「別に俺は女と付き合うのが面倒臭いだけだ。特に清瀬みたいなのはお断りだ。お前は?」

「まぁ、私は忙しいですし。部活に生徒会、あと年の離れた弟の世話とかありますし。最近はちょっとやんちゃが過ぎるので、ちょっと心配なんですよね。家ではしっかりしてくれるんですけど、その分学校では少々羽目をはずしているらしくて先生に呼び出されて注意されたんですよ。元気なのはいいんですが、ちょっと節度を持ってほしいんです。あ、あと、何だか意外とモテるみたいで、去年のバレンタインにウチにまでチョコ持ってくる子が……」

そこで東雲は話を聞くのを止めた。
何が悲しくて凪の弟の話を延々と聞き続けなければいけないのか。
東雲は不愉快そうにそっぽを向きながら、凪の家庭事情を思い返した。

凪は父子家庭だ。母親を早くに亡くし、父親は海外出張のため、まだ小学生の弟と二人暮らしをしている。腕白盛りで少々生意気な子だが、よく姉の手伝いをするしっかりした弟だった。
生徒会や部活などで多忙を極める凪であったが、普段からなるべく早く帰宅するようにしていた。

「……弟離れが出来ないブラコンめ」
「ブラコンじゃないですよ! 失礼ですね、東雲先輩は!」

「それはお互い様だ」

そうこう話しているうちに東雲の病室に辿り着いた。
病室に入ると、東雲は自分の力だけで車椅子からベッドに移動した。リハビリでの疲労があるため、ベッドに横になると急激な眠気に襲われた。東雲はそのまま気だるい倦怠感に抱かれたまま布団を被った。

「じゃあ、俺はもう休む」
「では、私はもう帰りますね」

「もう来なくていいぞ」
「明日も来ますね」

「ちっ……」


東雲は小さく舌打ちをして目を閉じた。
意識は急速に薄れていき、静かに閉ざされる扉の音を最後に東雲は深い眠りに落ちた。

この後も凪は毎日、東雲の見舞いにきた。
東雲は懸命なリハビリの結果、再び走れるまでに回復することが出来た。彼女の見舞いが心の支えになったのは事実だったが、病気を克服したのは東雲自身の力だった。

しかし、かつての栄光を取り戻せるほどの力には至らず、東雲が陸上競技の世界に戻ることはなかった。代わりに生徒会の仕事に尽力をし、学園内を毅然とまとめ上げた。
骨肉腫の入院により出席日数が足りずに留年をすることになるが、猛勉強の末に都内の一流大学に進学。後に都市化の進む風城市の発展に携わる事業に参加するため、地元企業に就職することになる。

東雲は発展していく街と企業の中で目覚ましい活躍をするが、莫大な額の横領を行なったという理由で懲戒免職となる。しかし、東雲がそうした犯罪を行なったということは事実無根であり、会社上層部に食い込む東雲の上司が行なった罪を押し付けられたのが真相だった。

東雲正義が犯罪に手を出すのは、会社を放逐された後だった。






It continues to the hell…



あとがき

何となく不出来感があります。
ヘブゲの人間関係はなんというか劇的じゃないというか、
劇的になるのは本編中というか。
それ以前の話では割と普通。関係的には希薄?

深い付き合いでもないので、
特にドラマもないみたいで。

まぁ、本編の補足説明的な内容になった感があります。


というか、
東雲さんには同情されたくないので、
イイ人的なエピソードは全く考えてないです。

悪役の美学って感じで。
元々いい人が何かの事情で悪いことをしている
ってのも嫌いではないですが、
東雲さんの場合はちょっと事情が違います。

彼はいろいろ事情はありますが、
それでも望んで悪を為しているので、
誰かの同情なんていらないって感じですか?

あまり語るといろいろ支障が出るので、
今回はこの辺で。
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コメント

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No title
コメント水聖 | URL | 2011-01-17-Mon 11:07 [編集]
こんにちは
リクエストに応えてくださってありがとうございます。満足です!
東雲さんは悪い子になる前からクールで素敵ですwww
本編に至るまでの彼にはまだいろいろありそうですね。
そして凪さん、やはり遠野作品のヒロインは美しくて強いですね。すごく好みです。本編での活躍を期待してます。
ところで東雲さん、何気に弟さんに嫉妬してたりしてません?
ストレートな慎さんと違って、屈折してそうですね、そのあたりも。
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2011-01-17-Mon 23:28 [編集]
水聖さん、コメントありがとうございます。

個人的には微妙な感じになったんですが、
満足していただけたなら幸いです。
東雲さんは悪い子になる前から、性格悪かったんですがww
最後に弟に嫉妬するあたりは微笑ましかったですねww
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