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無色の翼、鳥は何処に向かうのか?
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終章 それぞれの春
2010-09-11-Sat  CATEGORY: BF1 -血塗れの連鎖-
「……ママ、見て見て、スノーマンだよ! ホープが作ったの!」

わかっている、これは夢だ。
こんなにも幸せに満ちた世界は、幻想でしかない。
それはわかっているけど、この子に会えて、本当に嬉しい。

夢の中とはいえ、こんなにも大きくなった姿を見ることができるなんて思ってもみなかった。本当に夢だとわかっているけど、こういう表現しか浮かばない。

夢のように幸せ……。

「うん、ホープは凄いね。でも、お母さんが作った方が大きいわよ!」
「うぅ~。う~、う~、う~……」

私が作った大きな雪ダルマ(あ~、私も随分と日本語に感化されてるな)を見て、ホープはほっぺを膨らませ、不満そうに唸り出した。とっても可愛い。

我が子とはいえ、そう簡単に勝ちを譲りはできない。勝利は苦難の果てにあるもの。安易に得られると思ってほしくはない。大切なのは、戦い続けること。私はこの雪ダルマを通じて、それを教えたかった。そう、獅子が我が子を千尋の谷に落とすように、私は心を鬼にする必要があるのだ。

「コラ、大人気ないぞ、マイラ」
「あう! 痛いですよ、ヴィオラ様! 何も殴らなくても……」

いつの間にか私の後ろにいたヴィオラ様に殴られた。
相変わらずヴィオラ様は私に対して手厳しかった。この方が私に優しいことは滅多にないが、ホープに対しては随分甘い。あからさまな贔屓はよくないと思う。

「問答無用だ。子供相手にムキになってどうする?」
「うぅ~。う~、う~、う~……」

ホープのように唸ったら、また殴られた。
私が叱られる様子を見て、ホープはけらけら笑っていた。母の不幸を笑うとは、親不孝にもほどがある。あとでよく言って聞かせなといけない。


「ママ、おばちゃんに怒られてる~。あははは!」

「……ホープ。おばちゃんじゃない。お姉ちゃんと呼ぶようにと……」
「パパ~、おばちゃんが怖い~」


少し離れていたところで私達の様子を眺めていたカーティス様の元へと駆けていくホープ。私もヴィオラ様もあの方相手では敵わなかった。

それにしても、ヴィオラ様をおばさん扱いしたまま謝らず逃げるとは我が子ながら、なんて怖い物知らずだ。もし、私だったら説教と拷問が半日続いただろう。世の中には危険なものがたくさんあるということを、しっかり教えなければならない。そうでないと、私が八つ当たりされる。


「おや、ホープ。どうしたんですか?」

「あのねぇ、おばちゃん、おばちゃんって呼ぶと怒るの~。ホープ、怖い~」

「……ヴィオラ、大人気ないですよ?」
「うぅ……」


ヴィオラ様を黙らせるとは、我が子ながら末恐ろしい子だ。

ホープはカーティス様に抱っこされると、私達に向かってアッカンベーをした。私の血が流れているのだから仕方がない気もするが、お転婆過ぎる。というか、羨ましい。私なんか、ヴィオラ様が怖いからほとんどカーティス様に抱っこしてもらったことなんてないのに。

「あぁ、マイラ。先ほど、マクシミリアン様とマリアン様がお越しになりましたよ。……今はウィリアム様と酒盛りをしていますが」

「えぇ~、真っ昼間からですか?」
「一応、止めたんですけどね。ウィリアム様が強引にお二人を……」

「すまない、マイラ。父が……」

「いえいえ、いいんですよ。ウィル伯父様がいらっしゃる時に来るってことは、私に会いに来たと言うより、ウィル伯父様と呑むために来たんですよ」

私の両親とウィル伯父様は年齢も近いことがあって、非常に仲がよい。これは噂なのだが、母を巡って父とウィル伯父様とで殺し合いにも近い大喧嘩をしたことがあるらしい。しかし、今の仲良し振りを見ていると、そんな過去があったとは思えない。きっとただの噂なのだろう。

「がっははは! どうした、マックス? もうギブアップか? 情けないぞ!」

「何を言うか、ウィル。そういう貴様も顔が真っ赤ではないか!」
「あらあら~、困りました~。うふふふふふふふふふ……」

あちらは完全に出来上がっている。弱いくせにあんなに呑むからいけないのだ。両親は共に酒が弱い。しかし、私は酒豪だった祖父の血が濃いようなので酒には滅法強い。


「私も妊娠していなければ、久し振りにお前と呑み比べをしたかったんだがな……」


ヴィオラ様は大きく膨らんだお腹を撫でながら、小さく溜息を吐いた。
十年来の念願が叶い、カーティス様とヴィオラ様の間にようやく子供ができた。出産は間近に迫り、今か今かと待ち侘びている。

胎教に悪いと言って、妊娠して以来、徹底した健康生活を送っている。飲酒など言語道断だった。そのせいで私もいろいろ被害をこうむっている。

「今のところ、私の三勝二敗五引き分けでしたよね?」
「むっ、違うぞ。三勝は私だ!」

「い~え、違います! あれは私の勝ちです!」
「違う!」

なんて負けず嫌いな人だろう。あの時に勝ったのは私なのに、変な意地を張っている。

「はいはい、喧嘩はそこまで」
「そこまで~」

「「うぅ~」」

「ほら、ママもおばちゃんも、笑顔笑顔~」

私もヴィオラ様も、ホープの太陽のような笑顔には弱かった。その笑顔を見ると、何もかも許してしまいたくなるのだ。

いや、それでも後でお説教はしなければならない。しなければならないが、今はホープを抱き締めたくて仕方がなかった。


「ホープ、こっちおいで」

「うん!」


ホープはぴょんとこちらに飛んできて、私の胸の中に納まった。
すっかり大きくなって、近頃では抱っこするのも一苦労だった。しかし、この重みほど嬉しいものはない。ホープの鼓動を、そのまま感じることができるから。

大切な我が子、ホープ……。これはなんて嬉しくて、残酷な夢なのだろう……。

「ママ、大好き♪」










カーテンの合間から差し込む朝日によって、心地よいまどろみから目が覚めた。

何気なく頬に触れると、ひやりとした感覚に少し驚く。寝惚けた頭が覚醒するのに少し時間が掛かり、すぐに自分が泣いていることに気付けなかった。子供のような寝顔をしている慎を見て、ようやく先程の出来事が夢だと思い出した。

ホープが生まれていたのなら、きっとあのような幸せな日々が続いていたはずだった。カーティス様はいつも変わらず優しくて、ヴィオラ様には相変わらず怒られてばかりで、ホープが元気で私の側にいてくれる。そんな幸せな日常を望んでいないというのなら、それは嘘になる。今でも心の底から望んでいる。あの届かなかったもしもの日常を。

大好きな人達を失った悲しみは決して消えない。奪われた大切な世界を取り戻したいと願わずにはいられない。それが届かぬ願いと知りつつも、それを願わない者はいない。なくしてしまったものを愛していれば愛しているほど、その想いは強くなる。

今を生き、前と進まないといけないことは理解している。しかし、それでも失った者達は願わずにいられない。失ってしまった大切なものと過ごす幻想を。

未だ静かに寝息を立てている慎の頬を優しく撫でた。慎と出会ったことは後悔していない。だから、これ以上奪われた過去のことに囚われることはない。私は前を向いて、生きていける。しかし、それでもたまには過去に想いを馳せることを許してほしい。


『……いい夢は見れましたか、マイラ先輩?』


その声に私の背筋は凍った。
まだ悪夢は終わっていないのか。
何故、彼女がまだ私の前に現れるのだろうか。


「芝崎、初音……」

『えぇ、そうですよ。初音ちゃんです。どうも、こんにちは。お久し振りです』


狼王ロボの中で再会した時と同じセリフで微笑む芝崎初音は、窓枠に腰掛けながら私を見下ろしていた。しかし、あの時のような露骨な敵意は感じなかった。かつての穏やかな雰囲気に戻っているように思えた。

だから、私は思った以上に慌てることはなかった。天敵であるはずの芝崎初音の笑みが私を落ち着かせてくれた。


『……今更、マイラ先輩をどうこうする気なんてないですから安心してください。そんなことをしたら、美夜先輩が悲しみますから』


ブラックファングに囚われた初音の魂を救うため、美夜は命を賭けて戦った。

美夜がそこまでして戦ったのは、初音を後輩として友人として大事にしていたからだ。同様に初音も美夜を実の姉のように慕っていた。美夜は私も、初音も、みんなを守ろうと戦ってくれた。だから、私は美夜を信じられたし、初音も美夜を慕っていた。


「……じゃあ、何のためにここにいるのよ?」

『私だって好きでマイラ先輩と一緒にいる訳じゃないですよ。ブラックファングに取り込まれて、その後マイラ先輩まで取り込まれて、その結果としてこんなことになったんですよ。全部、マイラ先輩がいけないんです』

「意味わかんないわよ。……まぁ、私が原因だろうってことは否定できないけど……」


そもそも初音を殺したのは私だ。初音がその後、どんな目に合うかは全て私の責任と言っても間違いではないだろう。

『仕方ないですね。説明してあげますから、よく聞いてください』
「はいはい……」

腹が立つ言い方であったが、ここで争っていては話が進まないので怒りをぐっと堪えた。


『そもそも、魂って言うのは非常に脆くて不安定なものなんです。だから、一度思念統合体のように同化してしまった魂を切り離す術はありません。私とマイラ先輩の魂は、ブラックファングに取り込まれたことによって、狼王ロボの思念統合体として同化してしまったんです。ブラックファングに宿っていた他の魂は美夜先輩の力によって浄化されましたが、どういう訳か私の魂だけはマイラ先輩の魂と混じり合ったままになってしまったんです』

「最悪……、よりによってあんたが……」


ブラックファングにはたくさんの魂が囚われていたのだから、他の奴が残ってもよかったものを……。よりによって、芝崎初音なんか……。

『それはこっちのセリフですよ。……まぁ、理由として考えられるのは私とマイラ先輩に深い因果関係があったからかもしれません。縁によって魂が結び付くということは多いですしね』

縁か……。

確かに私と初音の間には因縁めいたものがあった。同じ人を愛したといこともそうだが、BLS開発という形で初音はエディンバラの惨劇に関わっていた。私達自身が知らぬところで深い何かが結ばれていたのかもしれない。

それに、あまり認めたくはないが、私達は似た者同士だ。負けず嫌いだが、意外に繊細で打たれ弱い。好きな人には一途で尽くすタイプだが、嫉妬深くて恋人が裏切ったとしたら殺してしまうほどに苛烈で情熱的。


『まぁ、安心してください。こうして私とマイラ先輩が話せるのもこれが最後だと思います』

「えっ?」


初音の寂しげな表情に私は戸惑った。確かに私は初音が嫌いだ。実際に殺すくらいに憎んだ。それでも、私の中に残っているちっぽけな良心が痛んだ。


『今の私は魂の残りカスみたいなものですからね。マイラ先輩の魂に干渉するほどの力はありません。いずれ、自身を維持できなくなって消えてしまうか、マイラ先輩の魂に吸収されてしまうかのどちらかでしょう……』

「初音……」

『マイラ先輩が謝る必要なんてないですよ。貴方はせいぜい罪悪感に苛まれながら、苦しみ続ければいいんです。それが貴方の罪に対する罰なんですから』


言われなくてもわかっている。
芝崎初音を殺した罪から目を背けるつもりはなかった。慎が一緒にいる限り、私はどんな罪からも逃げたりはしない。どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、私はもう二度と罰から逃れて楽な死を望むことはない。

私は俯きがちだった顔を上げ、真っ直ぐ初音を見据えた。罪悪に苛まれながらも、それでも初音から目を背けることだけはしたくなかった。


「……そうね、この苦しみから逃げるつもりはないわ。たとえ、どれだけ惨めな末路を辿ろうとも私はもう決して逃げたりはしない。私はこの血塗れの手で戦い続ける。理不尽な悪意を全て殺し尽す。二度と悲劇を起こさないために、それを起こそうとする全ての悪を殺す。あらゆる罪を殺し、私は全てを守ってみせる。貴方は黙って見てなさい、私の戦いを!」

『……見届けてあげますよ、貴方の覚悟。その信念の牙が折れる瞬間まで……』


初音は不敵な笑みを浮かべながら、静かにその姿を消していった。

姿は見えなくなってしまったが、初音の存在が消えてしまった訳ではなかった。初音は私の覚悟の証人。私が惨めな死を迎えるまで、彼女は私の戦いを見続けるだろう。だから、芝崎初音の存在は私の中にあり続ける。

もう二度と無様な真似は見せられない。どれだけ償おうとも、犯した罪が消える訳ではなかった。だから、私は逃げずに戦い続けよう。


「……んん、マイラ? 誰かいるのか?」


もそりと布団が動く。ようやく慎が起きたようだった。
慎は寝惚けた様子で周りを見渡し、不思議そうな顔をした。私以外に誰かがいるはずがない。

「今、誰かと話してなかったか?」
「……ううん。慎、寝惚けてるんじゃない?」

初音のことは、慎が知る必要はない。
私と初音の呪われた因果に、これ以上慎を巻き込む訳にはいかなかった。これ以上、私や初音のせいで慎が心を痛める必要なんてないのだから。

「……気のせいか。んん~」

慎は未だに不思議そうな顔をしていた。
そんな寝惚け顔の慎が可愛くて、私はボサボサになっている慎の頭を撫で回した。セット前の髪を触られるのを嫌がり、慎は私の手を鬱陶しそうに払った。そして、先ほどの疑問などすっかり忘れて、起き上がった。

慎は朝ご飯を用意する、と言って台所に向かった。私も何か手伝おうかと言ったのだが、まだ休んでいろ、と言われてしまった。昨日の戦いのことで私を気遣ってくれているのだろう。確かに昨日の激闘のダメージは一晩休んだだけでは癒えていなかった。

しかし、それは慎も同じはずだった。慎だけに辛い思いはさせられない。これからはどんな困難も二人一緒で乗り越えていくのだ。だから、私も慎の後を追った。

「慎、やっぱり私も手伝うよ」





















事件から数日後。

初音の死によって一時期騒然となっていた学園もようやく静かになった。初音の恋人であった俺に対して、同情や興味本位などで声をかけてくる者も多かったが、それも落ち着いてきた。おかげで俺はようやく静かな学園生活を取り戻すことができた。

初音の死は、全て俺が原因だった。だからこそ、初音のことを聞かれると本当に心が痛んだ。何も知らない者にとって、俺は恋人を失った傷心の男に見えるだろう。しかし、現実は全く違う。初音を裏切ってしまった最低な男。この苦しみは彼女を裏切ってしまった俺が受けるべき罰なのだ。初音の死を永遠に背負い続け、苦しみ続けることが俺の罰。

そして、その罪と罰を背負いながらも、俺はマイラのために戦う。あの時、初音を選ばなかった俺の責任。マイラへの想いとは別に、俺が戦い続ける理由。

そう、戦いはまだ終わってなどいない。今は平穏のように見えても、死の足音はすぐ側まで迫っている。近日中にも芝崎家からのアクションは必ずある。

「……その時、俺はちゃんと戦えるか?」

昼休み、俺は一人屋上の貯水タンクの上で寝そべっていた。
地上ではどれだけの惨劇が繰り広げられようとも、空は変わらず青い。目を閉じれば、昨日の壮絶な死闘の記憶が蘇る。地上でどれほどの犠牲の羊が山のように積もろうとも、この空は決して変わらない。たとえ、明日俺が死のうとも、何も変わらない。

あの狼王ロボとの激闘で初めて、死というものを身近に感じた。あの刃を避けるのが一瞬でも遅ければ、俺の首は胴体と永遠に別れていただろう。戦いは一瞬の判断によって生死が分かつ。あの時、一つでも判断を違えていれば、俺は死んでいた。

今回は運よく生き残れた。あらゆる幸運と奇跡が重なって、俺とマイラは共に死線を潜り抜けることができた。もし、同じ条件で同じ戦いをしたとしても、俺達は生き残れないだろう。

次も二人で生き残ることができるだろうか。楽観視はできない。少なくても、今回のような奇跡が起こるとは思えない。ならば、生き残るための道はただ一つしかない。


「なんだか難しい顔をしてますね、慎君?」

「あぁ、何だ逢瀬か?」


唐突に視界に入ってきた小柄な人影。
逢瀬はいつの間にか貯水タンクの上にまで登ってきて、俺を見下ろしていた。近付いてきた気配は全く感じ取れなかった。まるで初めからそこにいたかのように微笑んでいた。

「いざとなったら、マイちゃんが守ってくれますから心配しなくても大丈夫ですよ」

「てめぇ、聞いてやがったな。あと、それが情けなくて嫌だから悩んでるんだよ」

実際に否定できないのが悔しい。

守られるために俺は力を得たのではない。大切な者をもう二度と手放さないため、愛する人を守るために俺はBLS能力を手に入れた。それなのに、襲いかかってくる敵に怯えて守られていては何の意味もない。しかし、俺自身が殺されてしまっては一番意味がなかった。

マイラの心は決して強くはない。一度は擦り切れ、死を求めたくらいだ。だからこそ、俺が支えてやらなければならない。マイラを守りつつ、俺自身も生き残らなければならないのだ。


「慎君は強くなりますよ。マイちゃんを守りたいって気持ちがあれば、いくらだって。
 それに、BLS能力があります。あの能力は危険が多い反面、とっても強力なものです。あの青き炎は術者の中にある霊力ではなく、周囲の霊力を無尽蔵に飲み込んでいきます。思念統合体や魔術師の天敵みたいな能力ですね。構築した術式を根本から壊したり、自身の存在を維持するために必要な霊力を奪われてしまいますから」

「じゃあ、お前にも勝てたりするか?」

「う~ん、多分無理ですよ。ほら、狼王ロボが魔力で青き炎を吹き飛ばしたじゃないですか? あれと同じことが私にも出来ると思いますから」

「そりゃ残念だ……」

軽い口調でぼやいたが、俺の心は重く淀んでいた。
逢瀬みたいな圧倒的な力があれば、運命を変えられたかもしれない。あんな悲劇なんて起きなかったかもしれない。

自分の弱さ、無知が憎かった。

俺の弱さのせいで初音が死んだ。純粋に俺のことを好きでいてくれた女のことを死なせてしまった。

もう二度とあんな悲劇は御免だった。俺がもっと強ければ、逢瀬みたいに運命を変える力があれば、初音は死なずに済んだのではないか。


「……慎君、初音ちゃんのことですが……」
「――ッ!?」

「私は、初音ちゃんを死なせた貴方達を許しません……」


逢瀬は初音を妹のように可愛がっていたし、初音も逢瀬を本当に慕っていた。彼女が俺を許せないというのは、仕方がないことだ。


「だけど、復讐は絶対にしません。どんな理由があっても、憎しみで白夜を振るうことはありません。私があの刀を受け継いだのは、全てを守るため、理不尽な運命を斬るためです。もう二度と、憎悪と怨嗟に塗れた刃にしないためにも、復讐は絶対にしません……」

「逢瀬は、強いな……。俺は、俺自身を殺してやりたいよ……。初音を死なせてしまった俺自身を……。だけど、駄目なんだ……。俺が生きていないと、マイラが死んじまう……。
 俺のせいであんないい女が死んじまったのに、俺はあいつのために何も出来ない……。何もしてやれない……」

「慎君……」


気付けば、俺の頬を一筋の涙が伝っていた。
自分が泣いている。その事実に気付くと、もう涙が止まらなくなった。

止め処なく溢れる涙と共に激しい憎悪と怨嗟が噴き出した。あれほどまでに想っていてくれた少女を、俺は残酷にも裏切ってしまった。そんな馬鹿な真似をした最低な男に対する怒りが今、俺の中で爆発しそうだった。

俺は、俺自身が許せなかった。出来ることなら、この手で殺してやりたいくらい憎い。しかし、それができずに俺の瞳は涙がぼろぼろと零れ落ちていた。初音を救うことが出来なかった後悔の涙だった。


「俺は……、俺は……、本当に最低な糞野郎だ!! クソ、クソォォォッ!! 俺はあんないい女を泣かせて、狂わせて、殺してしまったんだ!! なんて、なんて酷いことを……。畜生、どうして、あの時初音も救うことができなかったんだよ……。どうして、マイラだけじゃなく、初音も救うことができなかったんだ……。どうして二人を助けることが出来なかったんだよ……、畜生ォォォッ!!」


怨嗟と後悔の涙は決して止めることはできなかった。

あの時、マイラを選んだことに後悔はなかった。マイラを愛し、救いたいと思った気持ちは決して偽りではなかった。しかし、初音を救えなかったは想いも決して偽りではなかった。

誰かを助ければ、誰かを殺さなければならないのか。犠牲を出さず、全てを救うことはできなかったのか。


「……慎君、全ての人を救おうとするのはとても難しいことです」


逢瀬は何とも言えない悲しそうな笑みを浮かべながら、俺にハンカチを差し出した。しかし、俺はそれを受け取らず、服の袖で乱暴に涙を拭った。


「だけど、全員を救おうとすることはいけないことかよ!?」

「……いいえ、そんなことはないですよ。ただ、それを為すための道のりは修羅道よりもなお辛いものです。誰かの涙を止めるためには自らの血で購い、誰かの嘆きを癒すためには自らの肉で購い、誰かの願いを救うためには自らの魂で購う。全てを救うために、己の存在を削っていくような地獄の道のりです。そして、力及ばなければ死と絶望しか残されません。
 わかりますか、慎くん。今、貴方の願いを果たすにはそれだけの力と覚悟が必要なんです。それでも、貴方は全ての人を救おうとするんですか?」


「あぁ、救う!! 救ってみせる!! もう二度と、初音のような犠牲を出さないためにも俺は戦う!! それが初音を救えなかった俺の償いだから……」


「うん。慎君なら、そう言うと思っていました」


逢瀬は天使のような頬笑みを浮かべ、俺の決意を祝福してくれた。

しかし、逢瀬の笑みは嬉しそうでいて、どこか悲しげだった。俺には逢瀬の胸中にどんな想いが秘められているか知る由もなかった。ただ一つ確実に言えるのは、逢瀬は俺が見てきたよりも残酷な運命を背負って戦っているということだった。

彼女は俺がこれから歩もうとする道の険しさを知っている。そうでなければ、その道の険しさを語れるはずがなかった。逢瀬は今まで自らの血肉を代償に、その修羅道よりもなお険しき道を歩んできたのだろう。そして、新たにその道を歩もうとする俺に対し、祝福するような、諌めたいような複雑な心境なのだろう。


「……初音は許してくれるかな?」

「わかりません……。その答えは初音ちゃんにしか出せないですから……」

俺達は二人で果てしなき青空を見上げた。
この遠き空の果てに初音はいるのだろうか。それとも、俺達を呪い続けながら現世に残っているのだろうか。どちらだとしても、俺が初音に対してできることは祈る以外になかった。

せめて安らかに眠れ、初音……。

予鈴が聞こえ、俺の意識は唐突に現実に引き戻された。昼休みが終わり、あと五分で五時限目の授業が始まる。

「……慎君、戻れますか?」

「……今日はサボりだ」
「そうですか」

まだ目は赤い。涙の跡は当分消えないだろう。

初音のために泣いたことをマイラには知られたくなかった。直接的に初音を殺したのはマイラだ。俺が初音のために泣けば、マイラは間違いなく今以上の罪悪感に苛まれるだろう。マイラは充分過ぎるほどに罪の意識を持っている。これ以上、マイラを苦しめるようなことはしたくなかった。

普段ならサボりを諌めていただろうが、逢瀬は俺の心中を察して何も言わなかった。少しだけ寂しそうに笑い、貯水タンクを降りて行った。去り際、俺は最後に言いたいことがあって彼女を呼び止めた。

「……逢瀬!」
「ふぇ? 何ですか?」

呼び止められることを予想していなかったのだろう。逢瀬は少し間抜けな声を上げ、慌てて顔を上げた。その様子を見ると、あの惨劇の夜の凛々しさが幻だったかのように思えた。


「いろいろあって言うのが遅くなったけど、ありがとな。お前がいなかったら、俺もマイラも、そして初音も救われなかった。確かに悲しい犠牲は出た。失われた命もある。だけど、それでもお前がいなかったら俺達は絶望の中で朽ちていったはずだ。お前が頑張ってくれたから、俺達は救われたんだ。感謝してる、逢瀬」


あれから言えず仕舞いだったが、ようやく逢瀬に感謝の気持ちを伝えることができた。

彼女は奇跡の紡ぎ手。俺達があの狼王ロボとの激闘から帰還できたのは、全て彼女が起こした奇跡のおかげだった。逢瀬には心から感謝していた。もし、逢瀬がいなければ、マイラは永遠に魔獣に囚われ続け、初音の魂も決して救われることはなかっただろう。

俺も逢瀬も初音の命を守れなかったことを後悔していた。しかし、それでも逢瀬がいなければ俺達はもっと悲惨な末路を辿っていただろう。逢瀬の頑張りは決して無駄なことではなかった。守れたものが一つでもあるのなら、その戦いは決して無駄ではなかったはずだ。


「……ありがとうございます、慎くん。そう言ってもらえて、少しだけ元気出ました」


俺の言葉に逢瀬は一瞬驚いていたようだったが、その表情はいつしか満面の笑顔に変わっていた。その笑顔には純粋な喜びに満ちていた。

どうやら俺の想いはしっかりと彼女に届いたようだった。

守れなかった者はいる。しかし、一人でも守れた者がいるのなら逢瀬の戦いは無駄ではなかった。あんなにも頑張った逢瀬が心を痛め続ける必要などないのだ。


「あははは、励ますつもりが逆に励まされてしまいました」

「お前にしても、マイラにしても凄過ぎんだよ。たまには俺にも格好つけさせろ」


BLS能力を得ても、俺はあの惨劇の中で誰も救うことはできなかった。できたことはせいぜい時間を稼いで、逢瀬に一発逆転のチャンスを与えることくらいしかできなかった。考えてみれば、情けないことこの上なかった。

「慎君は充分格好いいと思いますよ。マイちゃんも初音ちゃんもそんな慎君だから好きになったんですよ」

臆面もなく言い切られると、さすがに恥ずかしかった。
逢瀬は微笑みながら、真っ直ぐと俺を見据えていた。その素直な視線が恥ずかしくて、俺は明後日の方向を向くことしかできなかった。

彼女の言葉はとても純粋で嘘偽りが一切なかった。だからこそ、彼女の言葉には強い力が宿っている。その力強き言葉は非常時には頼もしい限りだが、このような平穏時には少しくすぐったかった。

「じゃあ、私はもう行きますね」
「おう、またな」

屈託のない笑顔で手を振る逢瀬に対し、俺も適当に手を振り返した。

授業に向かう逢瀬を見送り、俺は再び貯水タンクの上に寝そべった。こうして授業をサボるのは久し振りだった。マイラと付き合い出すようになってからは真面目になったが、昔はよく授業をサボって行く当てもなく街をぶらついていた。

しかし、もうあの頃とは違う。命に代えてでも守りたい者ができた。

俺の中に宿る呪われた青炎の力。この青き炎は、かつてマイラの一族を虐殺した忌まわしき殺戮の力。しかし、俺は二度とこの炎を殺戮のために使わないと誓った。この力は大切な人を守るため、悲しい犠牲を出さないために振るう。

誰かが死ねば、誰かが泣く。マイラが家族を殺されて泣いたように、俺が初音を死に追いやって泣いたように。悲劇によって生まれた涙は、果てしなき憎悪と怨嗟を孕み、新たな惨劇を生む。復讐は忌まわしき血の連鎖となって永遠に悪夢を繰り返してしまう。そして、その連鎖によって初音のような犠牲が二度と生まれないように、俺は全てを守るための道を選んだ。

二度と悲しい犠牲を出さないということは、復讐の連鎖を断ち切ることだ。

この不殺しの誓いは、マイラの覚悟とは相対するものだろう。しかし、その根本にある願いは決して違わないはずだ。復讐の連鎖を断つために、修羅として全ての罪人を殺し尽すか、人として全てを守っていくかの違いだけだ。その先にある願いは、誰もが笑顔でいられる幸福な世界。その未来に辿り着くための道は決して一つではないはずだ。

俺達が進む道は全て違う。しかし、目指す未来は同じ。己の信念さえ貫き通せば、俺達はいずれ同じ場所に辿り着くはずだ。その道の途中、力尽きてしまうこともあるかもしれない。道を踏み外してしまうこともあるかもしれない。だが、その信念さえ忘れなければ、道は違えど同じ場所に辿り着けるはずだ。


誰もが願う、その場所に。
しかし、誰も願いながら届かぬその場所。


「この血塗れの連鎖を断ち切り、俺達は辿り着いてみせる」


果てしなき空へと手を伸ばす。届かぬ未来に掴もうとするように。

誰もが願いながら届かぬ世界を、この手にするために俺達は戦い続ける。その戦いがどれほど残酷で無残なものであっても、俺は決してこの信念を曲げたりはしない。二度と悲しい犠牲を生まないために。誰もが幸福でいられる世界に辿り着くために。

そして、何よりも惚れた女を笑顔にさせてやるためにも、俺は最後まで諦めない。マイラが共にいる限り、俺はどんな運命にだって抗える。

「マイラのためなら、俺は世界だって変えてやる!!」














あとがき

長かったですねぇ~。
これ、普通の小説大賞のページ制限に引っ掛かるレベルですw
400字詰め換算枚数にすると、600枚越えしてるはずです。

いろいろと修正している個所や設定があるので、
元々の枚数と若干ずれてるでしょうが、
とんでもないページ数にw

ちなみにFC2小説だと120ページに行きました。

個人的にとても思い入れがある作品で、
元々は文芸部の批評用作品が、いつしかこれだけ膨大に……。
最初は一章の半分くらいで終了って感じだったんです。

なんか、ウェアウルフだとか何だとかって設定はなくて、
普通に慎君振られちゃったねーって話がこんなことになって、
あれ~?って感じです。

何かに続きを書けと電波を受けたんでしょうか?w

WEB公開にあたって一番の修正点は、
「狼王の遺産」って設定ですね。あれ、元は違う設定でしたw
まぁ、大筋の流れは同じだったんで、名前と多少の修正で
何とかなりましたが、七章八章は大分書き直しました。

元の設定とか変えた理由はまた後日にでも。

とんでもない長さになった上、
こんなアホな後書きにまで付き合ってくれた方には大感謝です。
ご愛読ありがとうございました(=^・^=)


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コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
No title
コメント水聖 | URL | 2010-09-12-Sun 01:46 [編集]
大長編、完結お疲れ様でした。
犯した罪の重さを背負いながら、生きて戦い続けることを決意した慎さんとマイラさんに共感しました。
そしてすべてを受け止めて微笑む強さを持つ美夜ちゃんにも。
初音ちゃんは、肉体的には滅びてしまったとしても精神はマイラさんとともにあるようで。
第二部も期待してます。
ところで、ホープの性別ですが、お転婆ってことは女の子?ずっと男の子だと思ってました。
No title
コメント | URL | 2010-09-12-Sun 18:47 [編集]
こんばんわ!夢です

完結、お疲れ様です。
すごく楽しく読ませていただきましたw

続きが気になるお話っていいですね。
マイラさんすきでした。
慎さんの台詞もかっこよかったです。

見習いたいですね。はいww
第2部も楽しみに待っています^^
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2010-09-12-Sun 20:30 [編集]
水聖さん、コメントありがとうございました。

これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
それぞれの決意を胸にした二人がともに歩いてく。
で、さりげなく初音も残ってたりw

第二部はもうちょっと時間が掛かりそうですが、
チマチマと短編でも入れていこうかなーなんて考えてます。
そちらも、どうかよろしくお願いします。
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2010-09-12-Sun 20:33 [編集]
夢さん、コメントありがとうございます。

これまでお付き合い頂きありがとうございました。
慎は今回一番成長した人ですからね。そう言ってもらえると嬉しいです。
マイラもいろいろ仕出かしてるので、嫌われてないか心配だったんですが、
好きと言ってもらえてよかったです。

第二部は……、例の執事出ますw
No title
コメントゆさ | URL | 2010-09-13-Mon 00:43 [編集]
こんばんはー☆

すんごいお話でした…!!
慎さんのこれからが容易に想像できるようで、できなかったです。どうなっていくんだろう…。
最後の決め台詞、かっこいいです。わたしのキャラでは言いそうもない(笑)。
マイラさんが好きでたまりませんでした。

本当にお疲れさまでした。次回もお待ちしていますvvv
Re: No title
コメント遠野秀一 | URL | 2010-09-13-Mon 01:23 [編集]
ゆささん、コメントありがとうございます。

これまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
慎のこれからは多くの試練が待ち受けているでしょうが、
マイラと一緒ならきっと乗り越えられると思います。
あと、マイラが好きって言ってもらえて嬉しいです。
いろいろやらかした子だったのでww

次回作はなるべく早く公開できるようにします。
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